over the rain




6.





「さあ、どうぞ」
目の前に置かれた皿に反応するように、腹が鳴った。
皿の上には、黄金色のパンケーキが甘い匂いを放っている。
隣に並んだマグカップには、コーヒーが湯気を立てていた。
「有り合わせのものですみません。雨で買い物に行っていなくて、冷蔵庫の中が空っぽで。一つだけ無事な卵があって助かりました」
八戒は流し台に背を預けながら、卵の入った袋を落としてしまってと笑った。
「美味いな」
「よかった。かなり練習したんですよ」
柔らかく笑う八戒からは、いつも感じる頑なさが消えていた。
見たことがないような穏やかでやわらかい表情は、どこか懐かしい気持ちを呼び起こす。

エアコンを効かせた部屋は温かで、雨の中で座り込んでいた数時間が嘘のようだった。
八戒は静かに俺が食う様子を眺めていたが、二杯目のコーヒーを注ぐために傍に寄ると、躊躇いながら口を開いた。
「さっきの話ですけれど」
八戒はまっすぐな瞳を向けてくる。
「もしあの場所であなたが僕を見つけていても、きっと同じです。僕はあなたに救われて生きる道を選び、きっとあなたを大切に思ったでしょう」
きれいな指がのびてきて、俺の手に触れた。
その温かさに、昔、同じように手を握ってくれた人のことを思い出した。
弱い自分を受け入れてくれた人。
長い間、人に弱味を見せるなら、死んだ方がましと思って生きてきた。
この弱さは、三蔵なんてたいそうな名前に相応しくないものだと思っていた。
だがもし、この弱い自分を認め、まるごと受け止めてくれるやつが現れたら。
自分はそいつのために、もっと強くなれるだろう。

指先を握り引き寄せて口づけると、八戒はみるみる頬を染めた。
さっきまで濃厚に求めあった時間が嘘のように、はにかんで目をそらす。
それからそっと身を寄せると、俺の耳元で「すきです」と囁いた。

こいつを救いたいなんて、とんだ自惚れだった。
いっとき萎れて見えたとしても、こいつは簡単に枯れたりしねえ。
むしろ踏まれても枯れかけても、強くしぶとく咲き続ける野生の花のようだ。
八戒はこれからも、この細い体の中に弱さも癒えない傷も潜ませて、静かに笑っているのだろう。
その強さに、俺は惹かれ憧れているのだとわかった。
それは多分、俺だけじゃないだろう。
「やはり油断ならねえな」
呟くと、八戒は驚いたように目をみはり、そのあと優しく微笑んだ。










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