over the rain




2.





「おかしいなあ」
つぶやきながら冷蔵庫を覗きこむ細い背中を、俺はソファの上で煙草を吸いながら眺めていた。
あんまりじろじろ見るのもどうかと思い、雑誌に目を落としたりつけっぱなしのテレビに目をやってはみるものの、すぐに小首をかしげる後姿に目がいってしまう。
八戒は俺の気づかいなんかお構い無しで、熱心に冷蔵庫の中を物色していた。

おかしいのは、おめえだろ。
卵なら昨日使い果たした。
ぼんやりテレビを見ていたと思ったら、いきなり無言で台所へ行って、ありったけの卵を次から次へとボールに割り入れたのを忘れたのか。
熱心に泡立てて何やら粉を入れると、信じられないくらいたくさんの菓子を焼いていた。
「何、これ?」
「パンケーキですよ。さっきテレビで作り方を見たんです」
甘いニオイが充満する食卓に向かい合い、八戒は力作を俺の皿にどんどん積み上げていった。
「二人で全部食うつもりか?俺、甘いモンはちょっと…あいつに食わせたら?」
こいつが夕飯だろうかと思いながら尋ねると、
「あいつ?」
八戒は動きを止めて俺を見た。その目があんまり空ろで思わずたじろいだ。
やっぱ原因は坊主か。
「悟空」
「あ、悟空ですか」
ホッとしたように浮かべた笑顔はひどくぎこちなかった。
結局かなりの枚数を食わされて、今日になってもまだ胸焼け気味だ。
人にはやたら食わせたくせに、八戒は一枚食うのがやっとだった。

数日前に寺から帰ってから、八戒は様子がおかしい。
ぼんやりと物思いにふけっているかと思うと妙に張り切って家中を掃除したり、やたら熱心に料理を作ったり。
降り続いている雨のせいか、昨日からは更に拍車がかかっていた。

悟空の勉強を見てやるという名目で八戒が月に数回寺へ通う理由は、自分がまともにやっている姿を三蔵に見せる必要があると思っているかららしい。
月に数度顔をあわせるだけで、あいつに八戒の何がわかるのか。
こうして雨が降るたびに、空元気でせわしなく働き、突然電池が切れたみたいに動かなくなるこいつを、三蔵は知っているんだろうか。
この家に住まわせ続けてるってことは、任せられたと思っていいのか。
それとも意地張ってるだけか。

「馬っ鹿じゃねえの?あいつ」
思わず声に出していたみたいだ。
「え?」
「卵は昨日、使い果たしたろ?」
「そうでしたっけ?」
きょとんとした顔で八戒は首を傾げた。
いくら雨続きっつっても、記憶が抜け落ちるのはヤバいだろ。
この不安定さはあいつのせいだろうに、元凶は一向に面を見せやがらねえ。

今抱き締めたら、こいつはどんな顔をするんだろ。
今なら容易く手に入るのかもしれない。
そんな考えが頭に浮かんで、苦笑を隠すために煙草を探ると残りは僅かだった。

「煙草も切れそうだし、そろそろ買い物に行くか」
「そうですね…」
八戒は心もとない様子で、窓の外に目をやった。
何かを探すように、やむ気配のない雨をじっと見つめていた。










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