ラムネ4





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「坊主のところに行くの?」
朝から準備しておいた品を重箱に詰めていると、悟浄が煙草を燻らせながら僕の顔をのぞきこみました。
「はい、今日は悟空と勉強をする約束をしているので」

人に何かを教えられるような立場でないとわかっているのですが、
三か月ほど前に三蔵から頼まれて、悟空に勉強を教えるようになりました。
最初は面倒だと口にしていた悟空ですが始めてみると面白いようで、何でもすぐに吸収してくれます。
彼に教えるのはとても楽しく、僕は週に一度のその日を楽しみにしていました。

「美味そうだな。これ、新作?」
「あ」
悟浄は詰めたばかりの煮物に指を伸ばすと、止める間もなく口に入れてしまいました。

寺院に足を運ぶ時は、ささやかなものですがお弁当を作っていくことにしています。
食べ盛りという言葉では表しきれない程に食欲旺盛な悟空のために、
好みや栄養のバランスを考えながら作るのは、僕の楽しみになっていました。

「いい味だな。三蔵の好み?」
悟浄は嘲るような奇妙な笑いを浮かべました。
なぜ、そんなことを言うのでしょう。
三蔵とはもちろん顔を会わせますし、時には共に重箱を囲むこともあります。
最近何となく、彼の好みがわかってきたのは確かですが。
「悟浄の分も、ちゃんとありま…」
いきなり強く抱き寄せられて、手にしていた菜箸が床に落ちました。
「こんなのほうっておいて、ラムネ食お?」
耳元で囁かれて、震えが走りました。
甘えるような口ぶりなのに、声がひどく冷たいのです。
ああ、また怒らせてしまったのでしょうか。
何がいけなかったのかわかりません。
「ごじょう、僕は…」
弁当を作る僕の行動が気に入らないのでしょうか。

ぼんやりと立ちすくむ僕を悟浄はソファに誘いました。
「今日は特別なやつがあるんだわ」
ポケットから取り出したのは、真っ赤なセロハンに包まれたラムネたちでした。
嬉しそうに笑う様子から、先程の苛立ちの色は消えています。
長い指で大切なもののように丁寧に剥く様子を、僕は息を潜めて見つめました。
悟浄は白い菓子を指先につまむと、一瞬懐かしむように目を細めました。
僕は随分と強ばった顔をしていたのでしょう。
悟浄は子供をあやすように僕の髪を撫でると、冗談めかした顔で笑いながらラムネを差し出しました。
「ほら、あーん」
僕は自分からその指先に唇を寄せました。
幼児が親に食べさせて貰うような気恥ずかしい行為にもすっかり慣れてしまいました。
口の中のラムネはいつもより甘味が強いようです。
特別とは、この味のことでしょうか。
続けて5つも食べると、喉が渇いてきました。
そろそろ時間も気になります。
もう出かける時間ですから、と伝えなければいけないのですが、僕はなかなか言い出せませんでした。
今日の悟浄はどこかいつもと違うように感じるのです。

落ち着かない僕の気持ちを察したように、悟浄は長い腕であやすように僕を囲い込みました。
「もう少し、つきあってよ」
僕の腕を取りながら耳元に囁きます。
「!」
突然冷たい金属が手首に触れて、驚いて身を離しました。
銀の輪が左右の手首に絡み付いています。
手錠なんて、いつの間に用意したのでしょう。
「なに…するんですか?」
「イイコト」
悟浄は見とれるような優しい笑顔でウインクしました。
後ろ手に拘束されてしまいましたが、僕は本気で抵抗する気にはなれませんでした。
きっとふざけているのです。
それにいざとなればこんな玩具、直ぐに壊せます。

「外してください。僕、もう出かけないと…」
悟浄は僕の言葉が聞こえないように、じっと僕の姿を眺めています。
「…悟浄?」
僕を見る瞳に、あの空ろが覗いていました。
ラムネを食べさせてくれる時に時々見える空ろです。
心がどこかに彷徨っているようなその瞳は、まるで全てのことに絶望しているように見えて悲しくなります。
何かで埋めてあげたいのに、僕はどうしたらいいのかわかりません。

何か伝えようと思うのですが、言葉が出てきません。
抱きしめたいと思うのですが、腕が動きません。
もどかしさに身体が熱くなり、視界が滲みます。

ふと、悟浄が僕の頬に触れました。
とても冷たいその指は、やさしく髪を撫で、肩から背を辿ります。
徐々に指の動きは、湿度のあるものに変わっていきました。
まるで快感を煽るようにシャツ越しに胸から腹へと辿られて、僕の鼓動は煩いくらいに高まりました。
その指は、さらに下へ向かいます。
「!」
ズボンの上から触られて、信じられないくらい熱くなっていることに愕然としました。
悟浄は小さく笑うと長い指でジッパーを下ろし、器用に下着の中に入り込ませます。
「あ…っ」
すでに熱く湿った僕自身を、悟浄は優しく嬲りました。
あっという間に追い上げられてみっともなく息を乱した僕を、悟浄はじっと見ています。
想いも熱も感じられない、透明な瞳です。
一人で身悶えする自分が情けなくて悲しくなりました。
せめて悟浄が少しでも感じてくれていたら救われるのに。

思いがけない状況に気持ちは全くついていけないのに、体は熱く快楽を追ってしまいます。
こんなに早く上り詰めるなんて、どうしてしまったのでしょう。
その時やっと気づきました。
特別だといったラムネに、何か入っていたのです。
だからこんなに…

「八戒、いやらしい」
笑いながら耳を甘く噛まれて、僕は我慢ができなくなりました。
「あ…ああっ!」
目の前が真っ白にはじけ、僕は悟浄の指の中で達してしまいました。
恥ずかしさで顔を背けることしかできません。

いきなり指が離れ、熱くなっている肌が冷気に触れて僕は目を開けました。
立ち上がった悟浄は、僕のせいで汚れてしまった指を拭っています。
タオルをゴミ箱に捨てると、乱れた髪をかきあげて笑いました。
「坊主のとこに行ってくる」
「え?」
立ち上がろうとすると、背中で冷たい金属が鳴りました。
「ま、待ってください、悟浄!」
「弁当は届けておいてやるから」
悟浄は手際よく重箱をしまい鞄に入れると、上着を手にしました。

「どういうつもりですか?なぜこんな…何をしに行くんですか?」
「告白」
歌うようなその言葉に僕は目を瞠りました。
悟浄は鼻歌を歌いながら、部屋を出ていきます。


どうしてこんなことをするのでしょう。
これは、何かの罰でしょうか。
ふと、部屋の隅に置いてある白い壺に目がいきました。
そうか。そうだった。
悟浄は三蔵が好きなのです。
金の髪の女を次々に抱くほどに。
それなのに無神経な僕は三蔵から壺をもらい、ラムネを入れました。
きっとずっと不愉快だったに違いありません。

知らぬ間に涙がこぼれていました。
人の想いは上手くいきません。
僕はこんなに悟浄が好きなのに。


みっともなく下半身を肌蹴させ、沸き上がり続ける熱に息を乱しながら、
僕は何度もあの人の名を呟きました。










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(2016.1.3)



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