ラムネ4
1
昔からきれいなものが好きだった。
キラキラ輝く夜のネオン、いい香りの花みたいな女たち。そして俺を憎んで逝った母さん。
仏頂面なのが残念だが、生臭坊主はかなりいい線いってると思う。
整った顔立ちも光を集めるような金の髪も、何よりまっすぐで強いその魂がきれいだと思う。
サルはもちろんきれいだ。
そりゃあ、俺好みの美しさとは違うけど、まだ汚れてないガキの純粋さみたいなものが、あの大きな瞳から溢れている。
あんなに真っ直ぐ人を見ることができる奴はそうそういねえだろう。
それから八戒。
優しい笑顔も穏やかな声もいいけど、碧の瞳が静かに涙を浮かべる様はちょっと胸が苦しくなる程きれいだ。
あの潤んだ瞳が見たくて、俺はガキじみた意地悪をしたり、ラムネを食わせてみたり。
ああ、特にラムネを食べる時のあいつは、格別だ。
もちろん傷ついた心で辛い現実を受け入れ前へ進もうとする、その強い心がきれいだと思う。
でも本当にきれいなのは、あの穏やかな微笑みの下に隠しているもう一つの顔なんじゃないだろうか。
母さんが死んで兄貴が消えた後、俺はいつ死んでもいいと思っていた。
バカな喧嘩で大怪我しようが、野垂れ死のうが構わない。むしろそれを望んでいた。
それなのに、痛みと悔しさを嫌というほど味わいながらも、俺の体はいつでも生きることを求めていた。
情けないことに、自分で死ぬ意気地もねえ。
全てを諦めた俺は、なりゆき任せで時を過ごし、死が訪れる機会を待っていた。
そんなつまらねえ毎日に、突然八戒が現れたんだ。
ボロキレみたいな体で雨の中、地面に突っ伏したあいつは、俺を見て笑いやがった。
それはまるで、後に残る俺を嘲笑ってるみたいに見えた。
“まだ生きるんですか”って。
冗談じゃねえ。誰だか知らねえが一人だけ先に逝くなんて、そんなオイシイことさせるか。
そんな思いで衝動的に抱え上げ、連れ帰って傷の手当をしてやった。
ざまぁみろ。そう簡単に死なすかよ。
そんな思いでいた俺は、目覚めたきれいな男に心囚われた。
あの時、俺を見上げた瞳に一瞬覗いた狂気に似た光。
鷭里絡みで俺を助けるためにカフスを外した時さえ、あいつは理性が勝った余裕の微笑みを浮かべていた。
けど、ねえちゃんを助けるために手加減なく殺戮を続けたという時には、さぞかし冷たくきれいな顔をしていたんだろう。
そう思うだけで、俺の体は熱を帯びる。
あいつが穏やかな笑顔の下にしまい込んだ闇と狂気なら、俺の欲しいものをくれるのかもしれない。
きれいな二人が仲睦まじい様はなかなかの見ものだった。
密かな俺のお気に入りたちは、その日小さな骨董屋の前にいた。
肩を並べて店のショーウインドウを覗きこみ、熱心に話し込んでいる。
やがて店の中に消えた二人は、買い物を終えて出てきた。
八戒に包みを手渡した三蔵の、見たことがない柔らかい表情と、夢見るような瞳で笑う八戒の横顔。
それは誰もが目を奪われる二人だった。
向かいの路地に佇む俺に気づくことなく、二人はそれぞれに去っていった。
声をかければ届く程の距離にいても、俺とあいつらのいる場所はとても遠かった。
そもそも俺はあいつらみたいにきれいじゃないから仕方ねえ。
同じ場所に立つことは端から諦めていたけど、あいつらが互いのものになるのは我慢できねえ。そう思った自分に驚いた。
俺は無性にラムネが食いたくなった。
安っぽく派手な包装のわりに中身は素っ気ない真っ白で、口に入れると溶けてなくなる甘い菓子。
ラムネを食う度に、一度だけ俺のために赤いセロファンを剥いてくれたきれいな女を思い出した。
あれは何の気まぐれだったんだろう。
母さんがラムネをくれたのは、俺が5歳の頃だったろうか。
ラムネはただ一度見せてくれた、あの女の優しい記憶だ。
八戒とラムネを食う時、俺はまるでガキの頃の自分に食わせてるような不思議な気分になった。
期待と不安が入り交じった瞳で次のラムネを待っている八戒は、まるでガキの頃の俺のようで。
甘やかしてやりたいと思うと同時に、訳のわからない苛立ちにおそわれる。
俺の仕掛ける遊びに、八戒はいつも夢でも見ているみたいなあやうい表情で応えてくれる。
三蔵から渡された包みを大事そうに抱えた八戒の後ろ姿を見送りながら考えた。
あいつはいつまで、俺のワガママを許してくれるんだろう。
いつまで。
どこまで。
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(2015.12.22)