sower





3.



そっとドアを開けると、薄闇の中ベッドにつっぷした八戒の背中が見えた。
「おーい、寝ちゃった?」
一瞬こっちを向いた表情はよくわからねえけど、機嫌が悪そうなのは纏う空気で伝わってくる。
当たり前か。散々こいつの期待を裏切っちまったし。
でも不機嫌なこいつも悪くない。っていうかむしろ好きって言ったら、睨まれるくらいじゃ済まねえんだろうな。
「今、落ち込んでいるんですから、放っておいてください。」
ベッドにつっぷしたまま、八戒は暗い声を返した。
「サルがすげえ大人な顔してたぞ。」
苦笑いしながら痛む鳩尾を擦った。
くっそ、あの野郎、思いきりど突きやがって。
「僕がつい、言わなくてもいいことを言っちゃいまして…」
「今更何隠しても無駄だろうが。」
「彼には余計なものを背負わせたくないんです。」
さっきの背負う気満々な顔をお前は知らないんだな。いくら望んだって、ガキはいつか大人になるもんだ。
「いつまでも、可愛い子ザルちゃんでいてほしいって?」
「そういうわけじゃないですけど…」
八戒は腕を伸ばして枕元のスイッチを探った。淡い灯に、うつむき加減の横顔が浮かびあがる。
この数週間で少し痩せたな。顔色もよくねえし。
「あいつから、お前の匂いがしてたんですけど?」
「あの人の煙草の匂いをさせながら、何言ってるんですか。」
無言でじっと見つめあう。
向けられた碧の中に怒りの色があることにホッとした。
しおらしく落ち込むより、お前は笑いながら怒っている方がいいよ。
「じゃあ3人でする?」
「いいですよ、っていったら困るくせに。」
八戒は視線をキツくして続けた。
「あなたはあの人のことを、そんな風に扱えないでしょう。」

そんなことねえよ。おまえが望むなら、なんだってやるさ。この命だってくれてやってもいい。
こんなこと言ったらぶっ飛ばされるから言わねえけど。
色々背負っちまってるヤツには無理かもしれねえ。だけど心の底じゃ三蔵だって少しはそう思ってるはずだ。
そうじゃなきゃ、好き好んでこんなややこしい関係に甘んじてるはずねえだろ。
いつも何でもわかっていますなんて顔してるくせに、何もわかってねえのな。
俺らはお前に捕まった時から、とっくに腹くくってるっていうのに。
甘やかされる罪悪感もアイツに対する後ろめたさも必要ねえ。
俺が、俺たちが見たいのは、おまえの安らいだ笑顔だけなんだから。


“いい加減、なんとかしろ!”
不機嫌を通り越して殺気を浮かべた紫の瞳を思い出すと苦笑が浮かんだ。ここ数週間の八戒の態度を、八戒じゃなくてオレを責めるのはどういう訳よ?
そんな顔もたまらなく好きなんだわと返したら、銃弾が飛んできた。
だってしょうがねえだろ。あいつのことも、こいつのことも好きなんだから。
ホントのこと言えばいつでも抱きしめたいしキスしたい。セックスもいいけど、ただ一緒にいてくれるだけで構わない。
俺を必要として、本当に俺が欲しいんだと言ってくれたら、なおいい。
まるで愛に飢えたガキみたいでかっこわりぃけど。
わかってる。
今でも俺は、愛して欲しかった人に存在を受け入れられず、ドアの外に立ち尽くしていたガキの頃のままだ。
悟空の方が、随分マシだな。


八戒は盛大なため息をつくと、指先でちょいちょいと俺を呼んだ。
尻尾を振る犬みたいに、俺は真っ直ぐ寄っていく。
八戒は大きく腕を広げてまるで本当に犬にでもするように色気なく、でも温かく抱き寄せた。
俺を引き寄せ収まりのいい位置に据えると、ポンポンと背中を叩く。
間近で顔を見上げれば、照れくさそうに笑って長いまつげを伏せた。
「せっかく自由にしてあげたのに。」
「ご心配なく。俺はいつでも自由だし。」
誰もがみんな好き勝手して、行き着いた結果が今の俺たちなんだろ。
気に病むことなんか、何もねえさ。
「博愛主義者なんか嫌いです。」
「お前だけだって。」
こんな風に求めてくれるのは。

俺たちは言葉もなくただ抱きしめあった。
互いの温もりを感じるだけで得られるこの安らぎを、もう手放すことなんてできないだろう。
「あの家に帰ったら―」
耳元でため息のように八戒が呟いた。
「あの家に帰ったら、たくさん植物を植えましょう。野菜を育てて収穫して。」
「ああ、そうだな。」
「あの人のために料理を作るんです。もちろんあなたのためにも、悟空のためにも。」
「いいねぇ」
「あなたも手伝うんですよ。」
「あ、やっぱり?」
ふふ、と笑って八戒は続ける。
「それから花の種や球根も植えましょう。アイリス、すみれ、向日葵、ダリア。あとは薔薇にアネモネ、百合、芥子、アスター、プリムラ、グラジオラス…」
聞いたことのない花の名が音楽のように耳をくすぐる。花園でも作る気なのか?
「それからあなたも、あの人も…」
「え、俺?」
妙な流れになったと顔をのぞき込めば、八戒はゆっくりと瞳を閉じて小さなため息をついた。
そのまま穏やかな呼吸を繰り返しながら、深い眠りに落ちていく。

俺は白い頬に静かに口づけながら考えた。
隣室でさっさと眠ってる最高僧と夜の庭で頭を冷やしてる青少年と腕の中の捻くれ者を、誰一人無くしたくないと思っている自分に気づいたのはいつだったろう。
こんなに大事なもんができるなんて、ガキだった頃の俺に教えてやりてえよ。

夢の中で土いじりでもしているんだろうか。
八戒は穏やかな顔で微かに微笑んだ。





end


(2014.2.14)

←back 


蛇足な小話ですがよろしければ。
afterward
 
(3Pですので苦手な方はご注意下さい。)