天さんのこと
4
奇妙な同居生活をはじめてから、二週間程たった頃に三蔵と悟空がやってきた。
天さんはそそくさと姿を消してしまったけれど、しばらくするとそっと戻ってきて天井の隅のあたりから顔だけ覗かせていた。
三蔵は彼の存在に気付いていたようだけれど、無視することに決めたようで目をやろうともしない。
きっと霊の気配なんか日常茶飯事なんだろう。
僕の作った料理を元気よく食べる悟空と、“慌てるな!きれいに食べろ!詰め込みすぎだ!”と口うるさく注意する三蔵の姿を、天さんはニコニコとそれは嬉しそうに眺めていた。
三蔵と悟浄がいつものように喧嘩を始めた時には、涙を流しながら爆笑していた。
二人が帰った後、天さんは思いがけないことを言い出した。
「お願いがあるんです。少しだけあなたに取りつかせてください」
「いやですよ。なんで僕が」
天さんはひどく悲しそうな顔で視線を逸らすと、肩を震わせた。
「悟浄の傍にいれば、いつか“あの人”が現れると思ったんです。でもいつまで待っても現れないし…。もうとっくに成仏して、僕のことなど忘れてしまったのかもしれません」
「そんな…」
痛みに耐えるように胸を押さえて瞳を潤ませる天さんを、なんて慰めたらいいのかわからない。
「僕、もう疲れました。お願いします、あなたの身体を貸してください。“あの人”に良く似た悟浄に触れて、抱きしめるだけでいいんです。そうしたらきっと僕も成仏できる。嫌なら悟浄を呪い殺して一緒に連れていきます」
「待ってください。そんな滅茶苦茶な…」
しょんぼりと肩を落とした天さんを見ていると、胸が締め付けられるように痛んだ。
すぐ傍にいたのに思いを伝えられず別れざるをえなかった天さんの辛さが、まるで僕自信のもののように感じられた。
もっと傍に寄りたくて、触れたくて、抱きしめたくて。
諦めなければと思いながらもあの人の腕に抱かれる女性を羨んで、伝えられない思いを持て余して溜め息をつく愚かな僕。
きっと同じ痛みを、天さんも感じていたんだ。
そして深い想いは身体がなくなっても、500年もの間ただ一人の人を探し求めてこの世にとどまり続けている。
「仕方がないですね。僕の身体、お貸しします。でも少しだけですよ。変なことしないでくださいね」
「ありがとうございます、八戒。大好きですよ」
ふわりと抱きしめられて、(もちろん感触はなかったけれど)耳元で囁かれた。
ドキドキするほど甘い声と一緒に、熱い塊が身体の中に入り込む。
幽霊なのに冷たくないんだななんて思いながら、僕は音を立て始めた胸を押さえた。
急に熱を帯びた身体で熱いため息を一つつくと、僕は操られるように悟浄の部屋に向かった。