*捏造度が特に高めです。お嫌な方は避けてください。
ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE
9.仲秋
予報通りのひどい落雷だった。この時期にこれほどの雷が鳴るのはめずらしいだろう。
まるで梅雨明け前のあの日のようだ。
八戒をここに留まらせたのは正解だったのかどうか。
ただアイツの前で取り乱すよりも、ここの方がマシだろうと思っただけだ。
蝋燭の光に浮かび上がった八戒は薄い夜着のあちこちを血で染めて、冷たい床の上にへたりこんでいた。
俺を見上げる瞳に戸惑いや怯えはあるが、長い間見え隠れしていた濁りは見当たらない。
長い旅から戻ってきたものの、慣れた家が変わり果てて困惑しているといった顔をしていた。
「…また、鏡を割ってしまいました」
震える声で八戒は顔をゆがめた。
「何で僕は忘れていたんでしょう…こんな、大事なこと…」
「俺が記憶を消したからだ」
一時的に記憶を消す術がある。そいつを使った。
長くはもたないものだということは最初からわかっていた。予想以上にもった方だ。
おそらくあの雨の中の徘徊もその間の記憶がないことも、術が効れかかっていた兆しだったんだろう。
花火の時も様子がおかしかった。あの雷鳴に似た音のせいだろう。
「…なんで?」
なんでだと?お前が困るからだろう。
「覚えていた方がよかったのか?」
俺に抱かれた身体で、笑ってアイツの元へ行けたのか?
「どういうことです?」
その混乱に満ちた表情に、まだ完全に記憶が戻ったわけではないことに気がついた。
哀れだという思いと同時に、腹立たしい思いに襲われる。
未だにこの男は自分のことにしか興味がねえ。
自分の愛した女、犯した罪、そしてあの男。
自分に向けられる思いにはてんで無頓着、というか、そんな思いが存在することすら考えもしねえんだろう。
「全てを思い出してないのか?」
「?」
「呼んでいただろう」
今でも悪夢のように思い出す。腕の中で痛みに震えながらも、どこか甘さを含んだ声で口にした名前を。
“花喃?”と唇が形作るのを見て、笑いが込み上げた。
俺の笑いの意味を悟ったように怯えの表情が浮かぶ。
瞬きを忘れた瞳に、わざとゆっくり囁いた。
「アイツの名前だ」
凍りついたように動きを止めたまま、八戒は俺を見ていた。それから微かに笑い肩を落とした。
「最低ですね」
それは俺のことか、自分のことか。おそらく両者のことだろう。
投げ出された右腕を掴み立ち上がらせた。とりあえずは治療が先だ。
強引に執務室まで連れていき、傷の手当てをした。幸い出血のわりに深いものはなかった。
大人しくされるがままの八戒に、あの夜の姿を思い出した。
弱っていたこいつに、付けこむ気はなかった。
ただ欲しいものがそこにあったから手を伸ばした。
その結果手痛いしっぺ返しをくったが、こいつが生きることに目を向けるだけの時間が稼げたと思えば、悪くない選択だったと今は思う。
問題はこれからだ。
「別に同情したわけじゃねえ。こんなことになったのは俺の意志だ。俺はどうでもいい奴に手は出さねえ」
どうするかはおまえが決めろ。