ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE





7.晩夏




夏の終わりの花火は寂しいものだと思う。華々しく咲いて散る花火に死を連想してしまうのは、僕だけだろうか。
少し前まで周囲に溢れていた花火の音や人々の歓声が嘘のように、帰り道は静かだった。
聞こえるのは、僕らの足音と叢に潜む虫の声だけ。
久しぶりに高揚感を味わった後なだけに、その静けさは胸に沁みこむようだった。

今夜の花火はとてもきれいだった。
降り注ぐ光と音に意識を奪われて、途中何度か怪訝に思った悟空に声をかけられる程見入ってしまった。
やっと以前のように過ごせるようになったのに、こんなことが知られたらまた悟浄の気をもませてしまう。
心配顔の悟空に口止め料としてずらりと並ぶ屋台から好きなものを買っていいですよと耳打ちしたけれど、きっと三蔵にはお見通しだったのだろう。
終始不機嫌そうに見えたのは、僕の後ろめたさのせいだけじゃないと思う。
悟浄を通して最近の僕の様子は知っているのか、彼と会うのはあの雨の日以来だったけれど、何も言われることはなかった。

「俺、打ち上げ花火ってすげえ久しぶりに見たわ」
のんびりと煙を吐き出しながら、悟浄がつぶやいた。
「僕も、学生だった頃に一度見ただけです。滅多に見られるものじゃありませんからね」
「…ねーちゃんと?」
「いいえ」
遠慮がちに尋ねる悟浄に微笑みを返しながら、そういえば僕たちにはそんな思い出がないことに気が付いた。
人目を避けて生活していた僕たちは、連れ立って人の多い場所に出かけることは避けていた。普通の恋人たちとは随分と違っていたのだろう。
彼女と過ごした記憶は僕の中でとても深く広い場所を占めているけれど、僕らが一緒に過ごした時間は実は随分と短いものだった。

「最近、三蔵からの仕事はないんですか?」
「ああ、もうヤメタ。あいつムカつくし」
「そんなこと言って、さっきも仲良くしていたじゃないですか」
「どこがっ?あれは喫煙所に行ってただけ」
悟浄は嫌そうに眉をひそめて煙を吐き出した。
悟浄にお前はダチだと言われたあの朝。僕はどう足掻いてもこの人の一番大切な人にはなれないのだと思い知らされたけれど、同時にこの世で居場所をもらえたようで嬉しかった。
友人と認めてもらえただけで充分だ。
そう心に決めたはずなのに、僕は並んで花火を見上げる二人をまともに見ることができなかった。

暗い道を進むと、以前に四人でピクニックをした公園の傍を通りかかった。
木立の中は街灯の光が届かず真っ暗だ。
「そういえば、この中に湖があったろ?」
春の日差しの下で、恋人たちが仲睦まじくボートに乗っていたことを思いだした。
「ええ」
「あそこのボートにカップルで乗ると別れるっつう噂知ってる?」
「どこかで聞いたことがあるような話ですね」
「そうそう、ベタな都市伝説だろ?」
悟浄はつまらなそうに笑った。
「もしかして、乗ってしまったんですか?」
「誰と?」
僕はあの人の名前を口にできなかった。情けないことに、そこまで認める勇気がないのだ。
「…前に恋バナって言ってたじゃないですか」
悟浄は立ち止まると、じっと僕を見た。それからため息をつくと、肩をすくめて歩き出す。僅かな街灯の明かりでは、その表情はよくわからなかった。
「どうせ片思いだしな」
少し投げやりな調子で呟いた。
「そんな…気持ちを伝えていないんですか?」
「そんなこと言えねえような、相手なわけよ」
最高僧とう立場が壁になっているんだろうか。それは辛いことだ。本当に辛いことだと思う。
「そうですか」
でも僕が口出しできる立場じゃない。

悟浄は気を取り直すように空を見上げて伸びをした。
「お、月が出てきたな」
見上げると、驚くほどにきれいな月が雲間から顔を出していた。
花火の時には華やかな光に目を奪われて気に留めなかったけれど、少し欠けた月が白く夜空に輝いている。
「これから涼しくなると、ますますきれいに見えますね」
「もう秋だな」
澄んだ虫の音がそこかしこで響いている。
「それにしても、悟空が我儘言うたびに呼び出されてたらキリがねえな」
「いいじゃないですか、僕も楽しかったですよ。こんなことでもなければ、季節のイベントなんてスルーしてしまうでしょう」
「まあな。って、もしかして次は月見か?」
「いいですね。月見団子を作りましょうか」
「またサルが大はしゃぎだな」
「僕らは団子じゃなくて、月見酒にしましょう」
「賛成!あ、坊主は抜きな」
「またそんなこと言って…」
子供みたいに無邪気に笑う悟浄に、僕の胸は簡単に高鳴ってしまう。
もう少し季節が進んだら栗拾いや紅葉を楽しんで、炬燵で蜜柑を食べて雪遊びをして。
クリスマスや正月を迎えたら、梅、桃、桜と次々に咲く花を待つ。
何もなくてもいい。ただこの人と同じ時間を過ごせていけたら。
「来年の花火には、みんなで浴衣を着ましょうか」
「いいねえ」
笑いあいながら、胸の痛みにそっと目を閉じた。

友人として、いつまで傍に居られるのかわからない。
いつかは悟浄も、愛する人と共に暮らす日がくるはずだ。
それは明日かもしれないけれど。
それでも今はこうやって並んで笑っていられる。
友達の距離で歩く僕らを、月が静かに見下ろしていた。







(2014.10.29)

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