ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE





6.晩夏





「早く早く!」
八戒の手を引いて人波を行く悟空の興奮は最高潮だ。そんなに急いだら周りのやつらにぶつかるっつうのに。
八戒は困ったように笑いながら、行き交うやつらにすみませんなんて頭を下げている。
まあ、サルは打ち上げ花火を見るのは今夜が初めてらしいから、仕方ねえか。
夏も終わろうというこの日、俺たちは悟空にせがまれて花火大会にきていた。
長安で数年ぶりに開かれるのを聞き付けて、どうしても近くで観たいと言い張ったらしい。
もて余した三蔵が俺たちをお守り役に呼び出したというわけだ。
少し遅れて二人の背中を追いながら隣を見ると、はしゃぎ気味の悟空に三歳の眉間のしわが深くなっている。
可笑しくてふき出すと、舌打ちと一緒にジロリと睨まれた。

梅雨が明けて暑さがやってくると、八戒は徐々に元気を取り戻した。
「昔から夏は得意なんです、僕」なんて笑いながら、暑くて昼間はソファでダラダラしている俺の横で掃除をしたり飯を作ったり、洗濯物を畳んだり。
以前のように、いや、前以上に元気そうに過ごしていた。
最近は食欲も出てきて、少しずつ体重も戻ってきたようだ。あの雨の中で倒れていた奴とは別人のように見える。
暫く休んでいた仕事にも復帰して、夕方になると生真面目な顔をして出かけていくようになった。
何がきっかけかわからねえ。けど、自分の中で区切りをつけたようにすっきりした顔をしている八戒に上手い言葉をかけてやることができなくて、俺はただ見守るしかできなかった。


夜空を切り裂いて次々と光が弾ける。
身体中に響く大きな音。周囲からあがるどよめき、歓声、拍手。
火の粉が降りかかりそうな距離で見上げる花火はたいそうな迫力だ。
考えてみれば俺だって、じっくり花火見物なんてしたことなかったな。
両手に持ちきれない程の食い物を抱えた悟空は、次々に上がる光の花にバカみてぇに口を開けて見入っている。
花火の合間に八戒が「今のは菊ですよ。次は千輪ですね」なんて花火の種類まで解説している。何でも詳しい奴だ。
様々な形を模した花火が上がる度に指を差して笑うその横顔は心底楽しそうで。
内心、人ごみは疲れるんじゃねーかとか気を揉んだけど、やっぱ来てよかった。
俺はあいつの保護者かと自分に突っ込みながら、胸のあたりに感じる痛みを追い払う。
そう、八戒はちょっと手のかかる同居人。トモダチっていってもいいんだよな。


華やかで繊細な花火の合間に上がる大きな花火は格別に迫力があった。
まるで雷鳴みたいに身体に響く音をバックに、大輪の花が開きゆっくりと消えてゆく。
八戒に目を戻すと、ぼんやりと花火が消えた後の夜空を見上げていた。
まるで心がどこかへさ迷っているように、その横顔が虚ろに見えて思わず息をのむ。
声をかけようとして、もしかしたらねーちゃんを思い出しているのかもしれないと考えた。
二人で花火を見上げたことがあったのかもしれない。
もう戻らない優しい記憶に、この先あいつはどれだけ傷つき続けるんだろう。


狭苦しい喫煙スペースで煙草を吸いながらふと隣を見ると、三蔵が苦虫を噛み潰したような顔で八戒を見ていた。
「おまえ、花火見る時ぐらい、その眉間の皺とれねえの?」
「花火の何がめでてえんだ?あんなもの、亡くした者を慰めるためのもんだろう」
そもそも花火は死者を偲び鎮魂するためもので、だから花火大会は盆の時期に多いんだと坊主らしいことを口にした。
「あいつもそれくらい知ってるだろ」
三蔵はため息をつくと、吸い殻を水の張った缶に投げ捨てた。
「最近、あいつはどうだ?」
「どうって?」
「どんな様子だ?」
「体調はいいんじゃねーの。あれから取り乱したりもしてねぇし」
「そうか」
視線は八戒に向けれらたままだ。
「もう大丈夫だろ」
「…だといいがな」
何か言いたげな調子が気にかかる。
問い詰めようと口を開いた時に、馬鹿デカい声で名前を呼ばれた。

「二人とも、こっちに来いよ!」
人ごみの中で、悟空が大きく手を振っている。
クライマックスを迎えた花火が次々にうち上がる。一際歓声が高まる中、人波をかき分けて近づくと、「すごい迫力ですよ、悟浄!」と八戒も瞳をきらきらさせながら頭上の花を指差し笑った。

ああ、やっぱりこいつのことがすきだ、オレ。
でも…。
「ほら、三蔵も!」
「ああ」
八戒が空を見上るように促すと、気難しい顔で腕を組んでいた三蔵も柔らかい顔をみせた。
その様子に嬉しそうに微笑む八戒は、見とれるくらいきれいだ。
今更ながら、思い知らされる。
いつかねーちゃんの傷が癒えたら、隣に並ぶのは―

「やっぱお前ら似合いだわ」

苦い呟きは、天を焦がすように広がる光の花の下で消えていった。







(2014.10.20)

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