ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE
14.初春
いつになく寒い年末だった。
天気も今一つすっきりせず、冬曇りの日が続いている。
この数日は仕事が休みなのをいいことに、ほとんど外に出ずに過ごしていた。
年末から三蔵はまた寺を留守にしているようで、数日前には悟空が泊りがけで遊びにきた。
最高僧とは随分と忙しいものらしい。眉間に皺を寄せながらも、その重い責務を果たしている三蔵には、口にしないけれど数々の苦労があるんだろう。
悟空は彼の邪魔をしまいと、文句も言わずに居心地のよくないあの寺で一人過ごしている。
だからここに立ち寄ってくれる時には、少しでも気持ちが晴れればいいと思う。
一緒に料理をして会話をしながら食事をする時間は、僕にとっても楽しいものだった。
数ヵ月前まで日常だったそんなことが、ひどく心を和らげてくれることを思い出した。
悟浄も誰かと食事をしているだろうか。
あの家で、共に過ごしてくれる人ができたろうか。
それとなく彼の様子を尋ねると、悟空は楽しそうに教えてくれた。
「あいつ、最近ちゃんとメシ作ってんだ。掃除も洗濯もしてんだぜ」
一人でも大丈夫だとわかってほっとする反面、寂しさも感じてしまう。なんて身勝手な思いだろう。
年が明けて数日たった夜にふらっと悟空が姿を見せた。少し怒ったような表情で、以前に悟浄に渡して欲しいと頼んでいた鍵を僕に差し出した。
「やっぱこういうのは、自分で返した方がいいと思う」
全くその通りで、僕は素直に受け取った。
「彼の家に行ったんですか?」
「ああ。あいつ、間男するって言ってたぞ。間男ってなんだ?
答えに困る質問に「夫のいる女性と密通することですね」と返すと、悟空はまるで三蔵みたいな舌打ちをした。
「バカだなあ。八戒、放っといていいの?」
「いいんですよ」
にっこり笑って返すと、悟空は怒った顔で背中を向けた。
「遅いですから、泊まっていきませんか?」
「明日三蔵が帰ってくるから、今夜は帰る!」
数歩進むと振り返った。
「一緒にいたら寒くねえのに、わざわざ別々に住むなんて二人ともバカだ!」
小さな背中はあっという間に闇の中に消えてしまった。
聡い子だから、僕の愚かな気持ちにとっくに気づいているんだろう。
口に出さずに見守ってくれている様は、まるで三蔵のようだ。
悲しませてしまったと思うと、胸が痛かった。
夜が更けると雨が降りだした。
薄い屋根を叩く雨音に小さくため息をつきながら、僕は何度も寝返りをうった。
雨、雷、悟浄…
雨の森を歩き回り地に突っ伏したあの日。僕を見た悟浄の哀しげな顔を思い出した。
あの時はなぜ自分があんなことをしたのかわからなかったけれど、今なら何となくわかる。
きっと悟浄に拾われた場所で、もう一度やり直したかったんだろう。
悟空の言葉が頭から離れなかった。
今夜悟浄が忍んで行く人が、ずっと思い続けていた人なんだろうか?それともいつものような、気まぐれな恋愛か。
思いを告げられるような相手じゃないと言っていたのは、人妻だからと言われれば納得できる。
悟浄が思う人は三蔵ではないと聞かされてから何度か考えてみたけれど、思い当たるような女性はいなかった。
強いていうなら…
いや、そんなはずはない。そんなことはありえない。
僕の考えはいつも一つの答え、というより願望にたどり着いた。
でもそれは自惚れだったことを、今夜はっきり思い知った。
もう考えるのはやめよう。自分からあの人のもとを去ったんだから。
遠くから。
今はまだこの場所を離れることはできないけれど、遠くからあの人の幸せを祈っていられれば、それでいいじゃないか。
深いため息と一緒に目を閉じると、緩やかな坂道を下るように僕は眠りにおちていった。
体中にまとわりつく悪夢に目を覚ますと、窓の外は仄かに明るくなっていた。
外を覗くと、昨夜の雨は雪に変わっている。
夜の間に降り積もった雪は、見慣れた景色を一面白に染めていた。
身を切るような寒さに震えながら、しばらく天から落ちてくる雪に見入っていた。
「!」
ふと目をやった街灯の下に、人影があることに気がついた。
激しくはないけれど途切れることなく落ちてくる雪に霞んで、はっきりと見えない。
けれどそれは、忘れることができないシルエットだった。
まさか、あれは…
頭からすっぽりとコートのフードを被って、その上には随分と雪が積もっている。寒そうに震える肩にも、見る間に雪が降り積もる。薄闇の中で、煙草の灯りが震えている。
一体なぜ?と思い外へ飛び出そうとして、足を止めた。
行ってどうする?こんな僕が、今更彼に何を言うんだろう?
しばらく躊躇して、結局走って外へ飛び出した。
けれど雪に霞む街頭の下に、悟浄の姿は見えなかった。
帰ってしまったんだろうか。愛想をつかされて当然だ。
素直になれない自分に涙が出る。
情けない思いに項垂れながら街頭の下に立った僕は、雪の上に突っ伏した悟浄を見つけた。