ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE
13.初春
年が明けた。
いつもよりずいぶん寒い正月だと感じるのは、ある日突然いなくなった同居人のせいだろうか。
家の中があんまり寒いからぶらぶらと街に出かけ、正月休みが明けたばかりの馴染みの店に顔を出した。
常連客とお決まりの挨拶を交わした後はいつものように下らねえ話に花を咲かせた。それなりに賑やかに過ごしても、一向にうすら寒い感じはおさまらねえ。
ああ、風邪ひいたかな?でもまあ、いいか、どうせ一人だし。なんて思った時。
“薄着で出かけるからですよ。ちゃんと手洗いうがいはしていましたか?寒気はしませんか?水分をしっかりとって、暖かくして早く寝て下さいね。今消化のいいものを作りますから…。”
以前軽い風邪をひいた時のあいつの言葉を思い出して、思わず笑ってしまった。
怒った口調で小言を並べるくせに、その態度はやたら優しくて。
いい年した男にその扱いはないだろってくらい甲斐甲斐しく世話をやかれて正直面食らった。
それまで誰かに気遣われた記憶なんてなかったから。
いや、ガキの頃は兄貴に世話してもらったことが、あったかな。
でももう一人で大丈夫だ。あいつが居なくても、ちゃんとやれる。
ゴミも溜めねえし、簡単なメシも作るし、洗濯もする。
“何でもできるんでしょう”とあいつが言ってたから。
「へっくし!」
大きなクシャミを一つして店を出ると、夕闇の中ゆっくりと家への道を辿った。
北風が音をたてて吹き抜ける枯れ枝ばかりの林の中を抜けていく。
そういえば夜更けに家に帰ると、八戒が起きて待っていることがあった。
闇の中に見えた灯に、なぜかひどくホッとした。自分の帰りを待っているやつがいるっていうのは、胸が温かくなるもんだと初めて知った。
「!」
家が見える場所まで来て、思わず立ち止まった。
窓に明かりが灯っている。
まさか。
あいつは鍵を置いて行った。ああでも、そういやぁ合鍵を作ったことがあったっけ。確か八戒が持っていたはずだ。
気づくと走りだしていた。
かっこわりいとか気恥ずかしいなんて思いが頭の隅に浮かんだけど、止められない。
ノブにしがみつくと、勢いよくドアを開けた。
「はっぴーにゅーいやー」
俺はさぞかし間抜け面を晒してたと思う。
金の瞳がアホ面でにこにこ笑っていた。
思わず目の前の頭をどついて羽交い締めると、悟空は短い手足をばたつかせながら、いつもの罵詈雑言を並べ立てた。
「離せ、くそ河童!せっかくいいモン持ってきてやったのに!」
「てめぇ、どうやって入り込んだ?」
「八戒から預かったんだよ」
俺の卍固めから解放された悟空は、全くダメージを感じさせない顔でポケットから鍵を取り出した。
「悟浄に返してくれって言われたけど、俺がもらっていい?」
「いいわけねえだろ。寄越せ!」
悟空は差し出した俺の手を無視すると、鍵をポケットにし舞い込んだ。
「やっぱ八戒に返す」
悟空はやけに大人びた目でじっと俺を見つめると、テーブルの上の袋を指差した。
「あれ、八戒からのプレゼント」
「…俺にか…?」
「ああ。クリスマス前に寺に持ってきたんだけど、届けるのが遅くなっちゃった。ごめんな」
「いや…わざわざ…悪ぃな」
袋の中身はきれいな深緑色のマフラーだった。
あいつが編んだんだろうか。相変わらず器用なやつ。
「俺も三蔵ももらったんだ」
悟空が自慢気に首に巻いたマフラーを見せつけた。当然三蔵も嬉しそうに巻いてるんだろう。
こいつらと揃いなんてぞっとするが、それでも嬉しい。
悔しいけれど嬉しかった。
「用がすんだら早く帰れよ」
「ハラ減って帰れねえ。なんか食わして」
悟空は勝手に冷蔵庫を開けて頭を突っ込んでいる。
「仕方ねえな、お前も手伝えよ」
結局余りもので焼き飯を作って二人で食った。
「お前、飼い主はどうしたんだ?」
「年末からまた遠くへ行ってるんだ。つまんねえし、坊主たちは口うるさいし、それに…」
三蔵がいないと寒いんだよ、と真面目な顔で呟いた。
ああ、こいつもか。
「八戒のとこでも行こうかな?」
様子をうかがう様に俺を見上げて続ける。
「一緒に行く?」
「誰が行くか。俺は用事があるんだよ」
「何の用事だよ?」
「間男」
「マオトコって何?」
ガキは知らんでいいことだ。
結局冷蔵庫の中の物をほとんど食い尽くして悟空は帰っていった。
俺の一週間分の食糧、どうしてくれる。
腹立ちまぎれに取り出したビールの下に、一枚の紙切れが挟んであることに気が付いた。
ヘッタくそな字で、長安のある地区の番地が記されている。
サルに背中を押されるなんて、かっこ悪ぃ。
けど、そんなことは今さらか。
余計なお世話だが、手間が省けた。
あいつの居所を記した紙をポケットに仕舞うと、俺はマフラーを手に取った。