ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE
12.初冬
「もうすぐクリスマスですね」
受け取られることはないだろうと思いながら差し出した包みは、あっさり三蔵の手に渡った。
「クリスマスなんざ俺には関係ねえんだが」
三蔵は簡素な袋からマフラーを取りだしながら呟いた。
「よかったら使って下さい」
「ああ、悪くねえな」
刻まれた眉間のしわがいつもより薄くて、機嫌が悪くないことがわかった。
金の髪に映えると思い選んだ糸で編んだマフラーを広げて眺めると、三蔵は丁寧に畳んで机の上に置いた。
悟浄の家から逃げ出した僕を、三蔵は責めなかった。町外れに小さな家を手配してくれた上に、悟浄に行き先を告げないで欲しいという卑怯な願いも聞き入れてくれた。ただ一つ条件とされたのは、今まで通りこの寺に顔を出すことだけだった。
最初の数日間は、何をしたらいいのかわからず途方に暮れた。
小さい家のはずなのに、私物がほとんどないためかやたら広く寒々しく感じられた。
留守がちだった悟浄と暮らしていた時も一人でいると寂しさを感じることはあったけれど、今は体の中に大きな穴が空いたような、気を抜くと一歩も進めなくなりそうな情けない心地だった。
なんとか気力を振り絞って悟浄に会いに行ったのは、随分と荒れているようだと悟空に聞いたからだった。
あれから悟浄には会っていない。会えばますます苦しくなる。それに僕はもう、あの人に会わせる顔がない。
仕事に行く他にすることがない僕は時間を持て余した。
偶然商店街の雑貨屋で目にした毛糸を手に入れたので、ここ数日は慣れない編み物をして過ごしていた。
「これ、悟空と悟浄の分です」
彼らの分の包みを鞄から取り出した。自分で渡せと言われると思ったが、三蔵はソファを指差した。
「そこに置いておけ。悟空に届けさせる」
「ありがとうございます」
茶をいれてくれと言われて、ソファに座る三蔵の元へ運んだ。
少し低いテーブルに湯飲みを置こうとかがんだ時に、ふ、と髪を触られて目を向けた。暗い紫の瞳が思ったより近くて、驚いて息をのむ。
そっと伸びてきた白い掌に、肩を抱き寄せられた。あの人とは違う煙草の匂いに包まれる。
あの時のことを、今でははっきりと思い出していた。このきれいな人の、つらそうな瞳も。
大切で守りたくて特別な人。
だけどこういうことをしたい人ではないと、はっきりわかっていた。
三蔵は動きを止めた。
「ダメか…」
「…ダメ、なん、です」
あの日、この人に傷つけられることを求めていた卑怯な僕。
でも今この場所にいる僕は、傷つくことを求めているわけじゃない。
ごめんなさい、という前に唇をふさがれた。触れるだけの、優しい口づけ。
「これで許してやる」
三蔵は身を離すと煙草を取り出した。
「ただし、一つ条件がある」
「はい」
この人に酷いことをさせてしまった。
僕にできることは、なんでもする。
「春になったら、お前の弁当が食いてえ」
「え?」
「悟空が今から花見が楽しみだと煩くて敵わねえんだ」
「…三蔵」
「来年も再来年も花は咲くだろう」
そう言ってニヤリと笑う。
このまま静かに姿を消そうという僕の想いを見透かしたように、やさしい約束を迫られる。
僕は何も言えなくて深々と下げた。三蔵は僕の髪をクシャリと撫でると、低く笑った。
本当にやさしい人だ。
悟浄が惹かれるのも、無理はない。
ゆっくりと煙草を吸う三蔵のために茶をいれ直しながら、僕は気になっていたことを尋ねた。
「悟浄のことなんですけど…」
「ああ?」
その名前を出した途端に眉をひそめた三蔵は、乱暴に羊羮の載った皿を引き寄せた。
時折土産に持参する菓子を、三蔵は好んで食べてくれる。
「最近どんな様子でしょうか?」
「悟空の話じゃ、案外マトモにやってるようだ。この間は、見違えるくらい家の中が片付いていたと言っていたが」
「そうですか」
「食わせてもらったカレーが美味かったと言っていたから、なんとかやってるんだろう」
ガキじゃねえんだしと付け加えて、三蔵は茶を飲んだ。
「最近話をしましたか?」
「血相変えてお前を探しにきて以来、俺は会ってねえ」
やはり悟浄は気持ちを伝える気がないんだろうか。
花火の帰り道に耳にした、諦めたような言葉を思いだした。
きっとあの時、胸が痛くなるような切ない笑顔を浮かべていたんだろう。
こんなことを僕が口にするのは余計なお世話だと十分わかっている。だけど僕にできる償いは、これくらいしかない。
「あんな風に見えますけど、あの人本当はとても純粋な人なんです」
「いきなり何だ?」
「あの人の気持ちに嘘はありません。だから、もし何か言ってきたら、真剣に考えてあげてください」
「 一体何の話だ?」
訝しげに僕に向けられた瞳が、突然大きく開かれた。
「てめえ…まさかとは思うが、あいつが俺のことを、なんて考えてるんじゃねえだろうな?」
地を這うような低い声で凄むと、僕を睨み付けた。
頷く僕を見て、三蔵は俯いて片手で顔を覆ってしまった。
余程腹を立ててしまったんだろうか、怒りのためにその肩は震えている。
返す言葉を必死で探していると、三蔵は堪えられないというようにいきなり吹き出した。
突然大笑いを始めた三蔵を,、僕は呆然と見ていた。こんなに笑っているこの人を見たのは、初めてかもしれない。
「一体どうしたら、そんなこと考えるんだ?」
笑いの合間に苦しそうに言葉を絞り出す。
「俺のことをアイツがどうこう思うわけねえだろう」
「そんなこと、なんでわかるんですか?」
「見てりゃ、わかる」
そんな…じゃあ、あれは一体誰のことだったんだろう?
「でも、想いを伝えられない人がいるって…」
「わからねえのか?」
「はい。彼とお付き合いしている女性のことを、僕はほとんど知らないんです」
「そうか、あいつも大変だな」
と呟いて、三蔵はさらに笑いを深めた。
三蔵の言葉の真偽はわからないけれど、それを悟浄に確かめることはできない。
「その相手とやらについて、ゆっくり考えてみるんだな」
情けない顔の僕に、三蔵は笑いながら煙を吐き出した。