君という光

             



7.






昼前の市場は、たいそうな人で混み合っていた。
いつもなら街についたその日のうちに買い出しをするのだが、夕べは遅い時間に街についたため、午前中に買い出しを済ませて出発することになったのだ。
八戒の話によれば、次の町までまた野宿が続くということだ。
食欲旺盛な小猿連れだから、買い出しの量もハンパじゃない。実際よくジープに積みきれるもんだと、悟浄はいつも感心していた。
買い出しにでかける道すがら、悟浄はしぶる八戒から夕べの経緯を聞きだした。
その話の内容はあらかた予想通りだったが、一つだけ思いもかけないことを聞かされて、悟浄は咥えていた煙草を落とす程驚いた。


「なんて顔するんですか?」
悟浄の大げさなリアクションに、八戒は頬を赤らめながら囁いた。
「三蔵がそう言ったのか?」
八戒がこんなことで嘘をつくはずないとわかってはいても、ちょっと信じられない。
今朝の様子から、てっきり二人はできあがったと思っていたからだ。
「それって、セフレってこと?」
「悟浄」
ちょっと声が大きかった。
道ゆく人のうち何人かが振り返り、八戒が少し困ったように眉をひそめる。
確かに朝っぱらから、露店が立ち並ぶ往来で口にする単語ではないかもしれない。
「そんな身もフタもない言い方しないで下さい」
「だって事実なんだろう?」
「…そうですね」
八戒はきまり悪そうに視線をそらせた。


「お前、それでいいわけ?」
「心配してくれるんですか?」
八戒は薄く微笑むと、食べ物の屋台が立ち並ぶ辺りにふらふらと寄っていく悟空の姿を目で追った。
この人混みの中、見失ったら確実に迷子だ。
「僕も意外でしたけど、考えてみれば三蔵だって立派な成人男子なんですから」
「何暢気なこと言ってんだ」
「どうせあんなことに深い意味なんてないんです。僕だって悪くはなかったですし」
「ふーん…それはよろしかったコトで」
まるで他人事のように淡々と話す八戒の横顔を眺めながら、悟浄は内心ため息をついた。
八戒は誰かと気安く身体だけの関係を結べるようなヤツじゃない。
昨夜のことは、相手が三蔵だからなのだろう。
その身に重すぎる罪を背負い、生きている限りその罰を受け続けると信じ込んでいるこの男が、恩人と認める、あの破戒僧が相手だからこその行為だったのだとわかっている。
それでも悟浄は、腹の中からじわじわとわき上がってくる不快感を抑えられなかった。



随分前から、三蔵の八戒に対する執念に似た想いには気づいていたのだ。
三蔵が時折八戒に向ける、撃ち殺すように鋭い視線。
あれは奴の捻くれた愛情のあらわれだ。悟浄から見れば、わかり易すぎるのだ。

だが八戒は、それをどう感じているのだろう?
気づいてないということはないだろうが…まさか愛されているとは思いもしていないだろう。
悟浄もそのことについて、触れたことはなかった。わざわざ生臭坊主の恋の片棒を担いでやることはないし。
三蔵の性格からして、その気持ちを素直に口にすることはないだろうと悟浄は見ていた。
だからいつも己にも他人にも真実を曝け出すような厳しさを求める男が、まさか自分の想いを伏せたまま、身体だけの関係を望むようなことをするとは思いもしなかった。
昨夜のコトについて言えば、八戒の三蔵に対する気持ちはただの好意であって、愛情と呼べるものではない。
少なくとも八戒本人はそう思いこんでいる。
そして三蔵も、そのことはわかっているはずだ。わかっていながらそこに付け入るような三蔵の行動が、意外でならなかった。




「三蔵が本気だったらどーすんだよ」
一瞬八戒は気づかない程微かに肩先を揺らしたが、すぐにまっすぐに悟浄を見つめた。
「あの人は嘘はつきませんよ」
八戒の三蔵に対する信頼は相当なものだ。
だが八戒はわかっていない。わかろうともしていない。
自分に想いを向ける者が存在することを。
八戒のココロは今でも死んでしまった姉で占められていて、他人を迎え入れる気なんてこれっぽちもないのだ。
だがそれは、八戒が懸命にそう思いこもうとしているように、悟浄には感じられていた。


「前にも…こんなこと、なかったっけ?」
「悟浄」
八戒の瞳が曇るのを目にして、悟浄は安心させるように八戒の背中を軽く叩いた。
「わかってるって。俺が好きなのは綺麗なおねーちゃんだけだし」
幾つかの雨の夜、二人は過ちを犯した。
その過ちを経たからこそ、二人は現在の親友とも家族とも呼べる関係を手に入れたのだ。
熱情や失望や別れとは無縁な、穏やかな、ぬるま湯のような関係を。

悟浄は忘れていた痛みを思いだしそうな気がして、急いで煙草を深く吸い込んだ。
目の前で、自分には救えなかった男が目を伏せて笑った。






(2009.6.19)

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