君という光

             



4.






「案外慣れてるんですね、こういうこと」

素直に驚いたという様子で、八戒は間近に迫る三蔵の顔を見つめた。
今この瞬間、三蔵に押し倒されそうになっているとは思えない程、その表情はこれから始まる行為とかけ離れていて、いっそ無邪気と言えるほどだ。先程、失った女の思い出にしおらしい顔を見せた男と同じ人物とは思えない。
「どういう意味だ?」
二人分の体重に抗議するように耳障りな音をたてるべッドに八戒を押し倒しながら、三蔵は互いの鼻先が触れ合いそうな距離で八戒の瞳を睨んだ。
「あなたはこういうことには、興味がないのかと思っていましたから」
にっこりと微笑みながら、八戒は三蔵の髪に指を伸ばす。
「触ってもいいですか?」
「もう触ってるじゃねぇか」
自分の金色の髪を細い指が何度も梳き下ろすのを、三蔵は少し不機嫌そうな顔で受け入れた。
ふ、と指先が地肌に触れる瞬間、なんともいえない感触に震えが走る。
虫も殺さぬ笑顔を浮かべながら、時に言葉では二の句もつけないほどに自分たちを打ちのめすこの男が、大人しく自分の下になり、髪を優しく撫でるなんてことは想像がつか なかった。
望んでこんな状況にしておきながら、三蔵は内心信じられない思いを感じてしまう。


「別に慣れてなんかいねぇ」
その言葉に八戒は動きを止めて、驚いたように僅かに目を見開いた。
八戒の指が止まったことを少し残念に感じながら、三蔵は八戒の頬に触れた。
髪を梳いていた八戒の指に比べて骨張った自分の指が、滑らかな八戒の頬を撫でる。
それはまだ誰にも踏まれていない雪を真っ先に踏みしめるような、優越感とも罪悪感ともとれる不思議な感覚を呼び起こした。
実際この男は、そんな汚れない奴ではないとわかっているのに。
だがどんなに汚れていようと何度でもその上に降り積もり醜い部分も覆い隠してしまう雪のように、不思議と八戒の笑顔はいつでもきれいだった。
「変なところで正直なんですね」
顔の形を確かめるように這う指の動きが、くすぐったいのだろうか。八戒は柔らかく微笑みながら、三蔵の指から逃れるように顔を背けた。
「お前はどうなんだ。随分慣れてるんじゃねぇのか?」
背けた八戒の唇に指を這わせながら、三蔵は意地悪く聞いた。

ふと八戒の動きが止まった。
次の瞬間。


「!」


指先に感じた強い痛みに息をのむ。
八戒が三蔵の指を噛んだのだ。
痛みに引こうとした指は、先程まで優しく髪を梳いていた細い指にしっかりと捉えられている。
「あぁ、赤くなってしまいましたね…すみません」
八戒は自分が噛んだ指先を見つめながら、目を細めた。
そのまま握り締めた三蔵の指を、ゆっくりと口元に運ぶ。
いつになく紅く色づいて見える唇が、痛む自分の指先を銜える様を、三蔵は呆然と見つめた。
三蔵の指を迎え入れようと薄く開かれた八戒の唇の隙間から、赤い舌が誘うように覗いている。その舌が自分の指に絡まる感触にぞくぞくする痺れが背筋を這い上がり、三蔵 は息をつめた。
薄く目を閉じて口内の指に舌を絡ませる八戒の姿は、さっきまでの悪気のない様子とは別人のように妖艶で、三蔵はどうしようもない程の胸のざわめきと下半身の重さを感じ始める。
三蔵が強引に指を取り戻すと、八戒はうっすらと目元を染めて三蔵を見つめた。

「僕だって初めてですよ、こんなこと」

うそつけ!
三蔵は叫びたい気持ちを抑えるように、荒々しく、まるで噛み付くように八戒に口づけた。




激しい口づけにも八戒は臆することなく応えてくる。
舌を奪い合うように深く口づけを交わしながら、三蔵は上着の裾から手を入れて滑らかな肌に触れた。
そこは先ほど触れた手と同様に冷ややかで、この肌を意地でも熱くさせたいと思わせる。
「は…ぁ…」
脇腹から胸へと冷たい感触を味わうように手を這わせると、八戒の身体は小さく震え口づけの合間に甘い吐息を漏らした。
引き千切るように上着のボタンをはずし、うす暗い灯りの下に白い裸身を晒した。
息の整わない喉元に口づけると、湿った舌の感触を残しながら、徐々に口づけの場所を移動させる。
薄い皮膚で覆われた鎖骨に、先程の仕返しとばかりに噛みついた。
「あぁっ…ん…」
指と舌で胸元に刺激を与えれば、八戒は背を反らせて声をあげた。
浮き上がる腰を捉え押さえつけ腹に残る罪の証に触れると、さらに乱れた。
「や…っ」
刺激が強すぎて耐えられないとばかりに三蔵の愛撫を拒もうとする八戒の両手を捉え、ベッドに押さえつける。うす紅い傷痕に舌を這わすと、碧の瞳は快楽に溺れるように煙り、涙を流しながら身を捩らせた。
その涙はまるで、三蔵の理性を押し流そうとするようだった。


八戒の体は男同士の行為を知っていた。与えられる刺激に反応して、自ら快感を手元に引き寄せようとしている。
そのことが、どうしようもなく三蔵を熱くさせた。
誰かを責められた義理ではないが、自分より先にこの男に触れた者がいると思うと、歯噛みしたくなるような悔しさを覚えた。
だが自分の施す行為によって、冷ややかだった八戒の身体が徐々に熱を帯びていくのを肌で感じると、言いようのない満足感に胸が熱くなる。
普段見せる清廉な姿と目の前の快楽に従順な姿の差に、一層快感を煽られた。

憑かれたように性急に衣服を脱がせあった。
既に成長した八戒自身を掌で包み込むと、八戒は堪えきれないように欲に濡れた声を漏らす。
そそり立つものに刺激を与えながら後ろを探れば、八戒は切なそうに眉根をよせ三蔵の背に爪をたてた。
「あ…ぁっ」
ゆっくりと奥まで挿入した指で中を探る。
一瞬緊張に強張った細い身体は、やがて自ら快感を拾い始めた。
直接指で感じる八戒の中の熱さは、三蔵に急激に自身の熱さをも意識させる。
指を増やす度に増す背中の痛みさえも、三蔵の欲情を煽った。


三蔵は震える八戒の脚を大きく開かせた。
甘い吐息で睫を震わせ、縋るような目で見上げる碧の瞳。
だが欲情を煽る濡れた瞳の中に、その心のように何も映すことのない闇の淵を見つけてしまい、三蔵は思い知らされてしまうのだ。
こうやって目の前で自分を求めていても、欲しているのは欲望を満たすこの腕だけなのだと。
わかっていても行き場のない想いが出口を求め、三蔵の胸の内を激しく揺らす。
三蔵はそれ以上は堪えきれない思いで、八戒の瞼を口づけで塞いだ。

だが自身を八戒に宛い細い腰を両手で引き寄せた時、堪えきれないように八戒の口から漏れた言葉に、三蔵は動きを止めた。



「…さんぞう…」



それはため息のように甘く掠れた声で紡がれた、まるで初めて聞く名前。
鼓膜を震わせ脳のどこかを麻痺させて、一気に三蔵の身体の熱を上げる。
後悔も躊躇いも欺瞞も関係ない。
その声に導かれるように最奥まで貫き揺さぶれば、頭の中は白く弾け、邪魔なだけの理性は遠くへ消え去った。








(2009.6.13)

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