君という光

             



12.






小さく明かりを落とした部屋の中は、濡れた吐息と忍びやかな喘ぎ声が満ちている。
朝から続いていた焼け付くような胸の痛みは、いつの間にか甘い疼きを伴って八戒の身体の熱を上げていた。
何かに憑かれたような昨夜の激しい行為が嘘のように三蔵の愛撫は穏やかで、まるで不安を宥めるようにゆっくりと時間をかけて八戒の欲情を煽っていく。
夕べまで予想もしていなかったことだが、三蔵はこういうことに手慣れているようで、八戒は内心驚いていた。
この腕が以前にも自分以外の誰かに伸ばされたことがあるのだと思うと、どうしようもなく胸が苦しくなる。
この気持ちは、嫉妬、なのだろうか?
「あ…」
そう思った途端に快感が強まった気がして、八戒は睫を震わせた。
こんな行為に深い意味なんてないのだ。そういい聞かせるように八戒はきつく瞳を閉じた。
そうしていないと、胸の奥を掻き乱す、名付けようのない想いが溢れ出てしまいそうだった。


八戒の気持ちを知っているかのように、三蔵は八戒の感じる所を見つけては、指で唇で翻弄していく。
高まる快感にシーツの上を彷徨っていた腕で思わず三蔵の背に縋ると、胸元に丹念に口づけをおとしていた三蔵が小さく笑った気配がした。
夕べ初めて関係を結んだとは思えないほどに、八戒は三蔵のもたらす刺激に敏感に反応する。
昨夜のように衝動のまま求められたほうがまだよかった。恥ずかしいほど欲望に正直な自分をどうすることもできずに、八戒は身を捩った。
「あ…っ…ん」
焦らすような愛撫に、堪えきれず声を漏らす。あさましく揺れる腰に気づき羞恥に身を固くしたとき、それを見透かしたように三蔵の指が八戒のものに絡められた。次いで大きく片脚を開かされ、三蔵の口腔に含まれる。
直接的な刺激に堪えられず、八戒は艶めいた声を上げて背中を逸らせた。一瞬どんな姿を曝しているのかと考えて、目眩を感じて唇を噛む。だが悦びの声を止めることはできなかった。



八戒が達した後も、三蔵は急がなかった。頬に、瞼に、そして唇に、宥めるような口づけをおとされる。
まるで何かを確かめるように髪を梳き背を撫でる三蔵の掌の感触に、八戒は小さく身体を震わせた。
重ねた肌から伝わる熱が、いつになく優しく向けられる瞳が、頑なに守ってきた八戒の胸の奥を激しく掻き乱す。
"満たされてしまう―"
三蔵の行為によって身体だけでなく心まで満たされていく感覚に、八戒は戸惑っていた。
それは罪人の自分が決して求めてはいけないものとして、戒めてきたものだったのに。
だが本当は飢えて乾いていたのだと、はっきりと気付かされる。胸が痛くて苦しくて…だがこの温もりを、手放したくないのだ。

擦り切れてしまう前にと、心を閉ざしていた狡い自分。
全てを失ったあの日から、この心は凍り付いたままで。それでいいと思っていた。
だが密かに眠っていたある感情が、今ゆっくりと動き出している。
そこに手を触れてはだめだと、臆病な理性が引き止める。それを認めてしまったら、自分が大きく揺らいでしまう、そんな予感に八戒は震えた。
それでも心の奥底にある想いが、形を持ち始めるのを止められないのだ。
この感情には確かに覚えがあった。
そう、これは――

「!」
その言葉を思い浮かべて、八戒は大きく目を見開いた。
今も鮮やかに蘇る彼女の最期の姿。凄惨な血の臭い。激しい狂気と怒りと絶望と…。
過ちの記憶が一気に押し寄せる。
それでもなおその記憶を押し流してしまう程の激しい想いに、八戒は呆然とした。
これは、"恋情"だ…と?
三年前、確かに自分の中から消え去ったはずの、激しい恋情だった。



「どうした?」
思わず息をするのも忘れて身を強ばらせる八戒の瞳を、三蔵が覗き込む。まるで初めて見る人のように、八戒は自分に向けられる紫の瞳を見返した。
欲情に煙っているように見えたその瞳に、何もかも見透かすような理知的な光が戻ってくる。心が吸い込まれそうなほど強い光を宿す瞳に、八戒は見とれた。
「おい…、八戒」
三蔵は呆然と自分を見つめる八戒の頬に軽く手を当てると、訝しげに眉を寄せた。
「あ…、す、すみません!」
八戒は我に返ると、慌てて目を伏せた。
身体中の血液が沸き上がっているのではないかと思うほどに鼓動が早くなる。息苦しいほど胸が痛んで、熱い塊が喉元にこみあげた。

自分は馬鹿だ。また囚われるなんて。
こんな、神に選ばれた特別な人に囚われるなんて。
このままでは、願ってしまう。求める分だけ返されたいと願ってしまう…。
役に立てるのならば何だってするなどときれい事を口にしながら、心の中で分不相応な想いを抱く自分が怖ろしかった。囚われた自分の行く先に待っているものは、次はきっと抜け出すことができないほどの狂気に違いないのに。


八戒は無意識に、三蔵の胸を押し返していた。だが逆に強く背中を抱き寄せられて、八戒は動揺した。
互いの鼓動を感じるほどに強く抱きしめられる。先程までとは一転して激しい三蔵の腕に、八戒は身を引こうと小さくもがいた。三蔵はなおも強く八戒の腰を引き寄せながら、後ろへと指を這わせる。
「あ、…やっ」
体重をかけて押さえつけながら、三蔵は八戒の脚を大きく開かせた。再び熱く猛々しい光を宿した瞳で八戒を見据えると、酷薄気にさえ見える笑みを浮かべる。
「逃がさねぇぞ、八戒」
それは、ただこの行為のことを指しているのはずなのに。
八戒にはまるで、自分の心のことを指しているように思われた。
その言葉は、呪文のように八戒を絡め取る。八戒は思わず三蔵の背中に縋り付いた。

三蔵の気持ちが計れない。問いかけることもできない。
それでも熱い腕で強く引き寄せられれば、その激しさに為す術もなく流されてしまう。
本当は自分こそが、この腕を望んでいることに気付いてしまったから…。
「八戒」
耳に落としこむように低い声で囁かれ、切なさに胸が震える。
熱いものがこみ上げてきてきつく閉じた瞳から、涙が溢れて頬を濡らした。









(2009.7.8)

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