君という光

             



11.






夕食後、悟浄は出かけて行った。
三蔵と八戒の部屋でジープと遊びながらごろごろしていた悟空も、悟浄に何か入れ知恵されているのか、今夜はやけにあっさりと部屋へひきあげてしまった。
二人きりになると、途端に部屋の中が静かになる。いつもならば気にならないはずのその沈黙が今日は妙に息苦しくて、いたたまれないような気持ちになった。
八戒は荷物の整理をしながら、背中越しの三蔵の気配に神経質になっている自分に苦笑した。
気にしすぎだ。あんなこと、ただの暇つぶしだと三蔵も言っていたじゃないか。今夜も何かあるかもしれないなんて、考える自分がおかしいのだ。
まるで期待しているみたいに―


「おい」
突然声をかけられて、飛び上がるほど驚いた。
振り返れば三蔵はすっかり寛いだ様子で椅子に座り、新聞を読んでいる。いつも通りのその姿に、八戒も落ち着いた気分を取り戻した。
「雨が止んだんじゃないか?」
「え?」
八戒は窓辺に寄ってカーテンを開けてみた。窓の外は真っ暗だったが、先程まで聞こえていた小さな雨音は聞こえない。
「あぁ、本当だ…。よかったですね。明日には出発できそうですよ」
微笑みながら振り返る。その笑顔が、自分に向けられている視線を捉えて固まった。
不機嫌そうに向けられる、いつもの視線ではない。時折見せる、撃ち殺されそうなほど鋭い視線でもない。
見たことないほどに穏やかな表情なのに強い光を宿した瞳は、何かの術でも使っているのかと思わせるほど八戒の目を奪った。
まるで魅入られたように、視線を逸らすことができない。
ゆっくりと立ち上がり立ちすくむ八戒の元へと近づく間も、三蔵はじっと八戒の瞳に視線をあてたまま一瞬も逸らさない。うす暗い部屋の灯りを受けて柔らかく光る金の髪が自分の方へと近づいてくるのを、八戒はぼんやりと眺めていた。


「!」
すっと三蔵の両手が背後の窓ガラスに当てられた。
八戒は我に返ると、三蔵の腕に囲まれていることに気がついた。吐息がかかるほどの距離に驚いて身を竦める。
こんなに近づいてはいけなかったのに―
思わず唇を噛む八戒を見て、三蔵は口元を引き上げて身をよせた。
次の瞬間甘く耳たぶを噛まれて、八戒は思わず声を漏らした。ぞくぞくと背筋をかけ昇る感覚とその先に待つ快感に流されまいと、慌てて両手で三蔵の胸を押し返す。
三蔵はゆっくりと身を離すと、八戒の顔を覗きこんだ。
「三蔵、もう…夕べのようなことは…」
三蔵の視線から逃れるように、八戒は俯きながら呟いた。
声が掠れて思わず舌で唇を湿らす。その仕草がまるで自ら誘っているように思われて、八戒は一気に顔に熱が集まるのを感じた。
「期待していたんじゃないのか?」
「そんなことありません」
慌てて言い返す。
「そうか」
三蔵は口元に薄く笑みを浮かべながら八戒の顎を捉えると、無理矢理視線を合わせた。
「俺は、していたが―」


低い囁きと熱情を浮かべた紫の瞳に、身体が昨夜の甘い痺れを思いだす。
早まる鼓動と息苦しさから唇を震わせた時、待っていたように三蔵の唇が押しあてられた。
窓と三蔵の両腕に囲まれて身動きできない八戒は、驚きに目を見開きながら三蔵の口づけを受け入れた。
貪るような口づけに、息もつけず目元に涙が滲む。だがその激しさとは裏腹に、三蔵の掌がひどく優しく背中を撫で下ろしその腕が腰を捉えたとき、一気に体中の力が抜けて思わず三蔵の肩にしがみついた。
信じられないほど身体が熱くて何も考えられない。
膝が崩れ窓に背中を預けてずるずると座り込む間も、三蔵は口づけをやめなかった。
舌を深く絡ませ、角度をかえて何度も奪われる。息を吸うタイミングが計れなくて八戒は息苦しさに喘いだ。



ゆっくりと八戒の唇を嘗めて三蔵が身を放すと、八戒は肩を震わせて息をついた。
潤んだ瞳で見上げれば、何かに憑かれたような激しい熱情と欲を感じさせる三蔵の表情が目に入る。
胸の奥が締めつけられるように痛むのに、その痛みは八戒の胸を甘く疼かせた。

「こい、八戒」
さしのべられた腕に縋ってゆっくりと立ち上がる。
もう抗う気などなかった。この人を拒めるはずなどないのだ―
八戒は自ら三蔵の腕の中へと身を預けると、そっとため息を零した。






(2009.7.3)

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