君という光

             



13.






何かに呼ばれるように、八戒は瞳を開けた。
僅かに身じろぎをして腕が温もりに触れ、思わず身を竦める。だが隣に眠る人を起こすことは無かったようで、八戒は小さく安堵の息をはいた。
ゆっくりと身を起こして部屋を見回した。
灯りを消した部屋は薄暗く、眼鏡をかけていない八戒には部屋の中にあるものの輪郭がぼんやりと見えるだけだ。
それなのに隣に横たわる三蔵の金の髪だけは、僅かな光をも集めるように輝いて見えるのを不思議な思いで眺めた。
つい数時間前まで自分に向けられていた情欲が嘘のように、眠る三蔵から世俗的なものは欠片も感じられない。
まるで触れられるのを拒むように、神々しく美しい姿に思わず唇を噛んだ。
自分がこの聖なる人を汚してしまったのではないかという不安と、自分などには到底汚すことのできる人ではないのだという安堵。そして僅かな…失望。
複雑な想いに、八戒は小さくため息をついた。



三蔵を起こさないようにそっとベッドから下りると、八戒は床に落ちているシャツを羽織った。
外灯の明かりが入らないように気をつけながらカーテンの隙間から窓の外を眺める。
空に雲の影はなく、既に雨の名残は感じられない。そして東の空は、既に白みはじめていた。
薄く白んだ空に一瞬輝いた光。それがぐんぐんと質量を増し、夜が朝へと飲み込まれていく。
見つめる八戒の瞳が大きく開かれた。
夜明けだ。―― それはまるで、死から再生への瞬間のよう。
三年前あの城跡で見た朝日のように、その光は八戒の目を奪った。

もう明けないのではないかと思うくらい長く孤独な夜も、永遠に降り続くのではないかと思うほど長い雨も、いつもこの光が終わりを告げてくれた。
今でも時折生と死の間で揺れる弱い心を、否応なく生きることに向かわせる聖なる光。
それはまるで、三蔵のようだ。
人はこの光を浴びて、何度でも生まれ変われるのかもしれない。

絶望と哀しみにすり切れてしまいそうな心を守るため、そして二度と過ちを繰り返さないためにと、敢えて胸の奥に沈めてきた想い。その胸の奥深くを、遠慮なく揺さぶった人。
"あいつにホレてるんだろ"
昨日の悟浄の声が蘇る。
そんなことあるわけない。あってはいけないことだと思っていたけれど…。
本当はわかっていた。
初めてあの人の光を浴びた時から、わかっていたんだ。

心に閉じこめたはずの想いが八戒の胸を激しく揺らした。
この溢れそうな想いを解き放してくれと。


八戒は昇りゆく日の光を浴びて、静かに目を閉じた。
三蔵が目覚めるまで、あと少し。
あの紫暗の瞳が向けられた時、自分は伝えられるだろうか?


この、恋情を。













end








果たして八戒は伝えられるのか…。
読んで下さった方のご想像にお任せしたいと思います。

実はこの話は、短編「うそつき」の前の話として書いたものです。(書いたのは後なんですが。)
ですので自分の中では、八戒は伝えられなかった、と考えています。
「うそつき」の後書きにも書きましたが、互いにわかっているのに口に出さないという関係が、38の場合の一つの理想だったりします。
このあたり、58とは随分違います。

長い間おつきあい下さいまして、ありがとうございました。






(2009.7.8)

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