The Shadow Of Your Smile
5.
「僕、光を掴まえることにしました」
それはこの旅に出発する日の朝のことだった。
三蔵と悟空との待ち合わせ場所へとジープを走らせながらサラリと八戒の口から飛び出した言葉は、悟浄を驚かせた。
八戒が三蔵に惚れてるということは、それまでも耳にタコができるほど聞かされていた。
内心、趣味が悪いにも程があると思っていたが、蓼食う虫もなんとやら。
他人があれこれ言うものでもない。
「こ、告んの?」
驚きに顔をひきつらせた悟浄に、八戒は口元を引き上げて優雅に首を横に振った。
「じゃあ無理やりヤっちゃうとか?」
「それでは全然意味が無いんですよ」
八戒は咎めるような視線を寄越すと、すぐに前方に視線を戻しながらきれいに笑った。
いつもの穏やかな微笑みとは違う、見ほれる程鮮やかな笑顔。
その生きる力に満ちた笑顔を悟浄はひどく気に入っていた。
八戒が三蔵を想う時に浮かべる、その笑顔を。
「だから協力してくださいね、悟浄」
その笑顔の前で、ノーと言える訳があろうか。
ジープの座席の上で、悟浄はゆっくりと闇に紛れてゆく紫煙に目をやった。
隣の席の騒音に耐え兼ねて幸せそうに眠る悟空の鼻をつまんでやると、一瞬静かになったが、更にパワーアップした鼾を聞かされることになって閉口した。
暇だった。
三蔵が茂みに消えてから半時はたっている。
一向に戻る気配のない二人を思い、悟浄は長く息をはきだし空を仰いだ。
八戒はついに掴まえたのかもしれない。
あの朝からほぼ一年。
端から見ていてもどかしくなるほど慎重に、八戒は三蔵を捕まえようとしていた。
その忍耐力、というか執念には感心してしまう。
自分だったらとっくに諦めるか、思い詰めて手をだすかしていただろう。
実際には自分は大した協力などしていないのだ。
求められれば、八戒と思わせぶりなやり取りを交わすくらいなもの。
あんなもの、その気のない相手には何の効果もない。中学生、いや、小学生でも使う稚拙な手。
一体自分の協力は意味があったのだろうか?と考えて、悟浄は薄く笑った。
そんな小細工などしなくても、三蔵の光はいつも八戒を射していた。
八戒に気づかれることがないように細心の注意を払いながら向けられている、痛いくらいに鋭い光が。
それに気付いているのは、不思議なことに自分だけのようだった。
鈍さにかけては三蔵も八戒もいい勝負なのだ。
ふと微かな葉擦れの音を耳にして、悟浄は暗闇に目を向けた。
茂みをかき分けながら現れた八戒が、真っ直ぐにジープに向かってくる。
三蔵の姿は見えなかったが、その表情からコトの次第は想像がついた。
「よう…、おかえり」
ニヤリと笑った悟浄に、八戒は少し怒ったように囁いた。
「何で三蔵を寄越したんですか?」
咎めるような表情は照れ隠しだ。
「なーんのコトだろ?」
大げさに首を傾げる悟浄に、八戒は少し眉根を上げて、見惚れるような笑顔を見せた。
「ありがとうございました、悟浄」
あぁ、いいから。
これからも時々、その笑顔を見せてくれたら、それでいいから。
「おやすみ」
悟浄は共犯者の顔で笑みを返すと目を閉じた。
一瞬、戻ってくる三蔵の顔を拝んでやろうかと思ったが、あいつの幸せそうな笑顔なんぞ見たら魘されそうだと思い直した。
これでこの旅の楽しみが一つ減ってしまった。
噛み合わない二人を端から眺めるのは、なかなか面白い暇つぶしだったのに。
だがあの笑顔が見れるなら、それも悪くないだろう。
自分には決して与えられない、あの笑顔が。
ようやく訪れた睡魔に身を委ねると、悟浄は深い眠りへと落ちていった。