The Shadow Of Your Smile
3.
今日という日を待っていた。
恐ろしくもあり、待ち遠しくもあったこの日。
きっと去年より上手く過ごせたはずだ。
皆に悟られないように、いつも通りに笑えていたという自信もある。
こんな旅の道すがらだから。今更思い出に囚われて、歩みを止めるわけにはいかない。
こうやって年々、何もなかった振りだけ上手くなっていくのかもしれない。
それでも自分の心までは誤魔化せないものだ。
今日一日八戒は、胸の奥からせり上がってくる苦い思いに耐え続けた。
長い時間をやり過ごし夜半にジープの上が寝息に包まれると、待ちかまえていたようにそっとジープを降りた。
茂みを分け入るときに微かに背中に視線を感じた気がしたが、振り返らなかった。
彼は何もかもわかっているから、追いかけて来たりしないだろう。
八戒は察しのいい友に感謝していた。
目の前を覆う低い枝を寄せながら進んだ。
見上げると小さく瞬く星が目に入る。新月に近いせいで月明かりは乏しかったが、あの日に比べたら、最高の天気といえるだろう。
「いい天気でよかったな」
小さく呟いて笑ってみたが、頬が引きつって上手く笑えなかった。
もう少しジープから離れなければ…そう頭では分かっているのに身体が言うことをきかない。
少し開けた場所までくると、崩れるようによろよろと地面に蹲った。
三年前のこの日、八戒は突き刺さるような雨の中を歩いていた。
大切な人を救うためにずぶ濡れになりながら、百眼魔王の城へと向かっていた。
その時感じていたはずの雨の冷たさや、途切れることなく続いていた雨音を思い出そうと、八戒は切れ切れの記憶の中を手探りしてみる。
怒りも恐怖も絶望も。
何もかもあの激しい雨の中に塗り込められたまま自分の記憶に巣くい続けていたはずのものは、最近では滅多に八戒を苦しめることがなくなっていた。
三年という月日に癒されたものが、八戒の心の中に確かに存在している。
犯した罪の購いとして妖怪に変化した忌まわしいこの身体も、後悔も。何もかも受け入れて、今、こうして生きていることに感謝している。
あまつさえ、仲間と呼べる大事な人達まで得て。
それでも今日だけは、過去に囚われることを自分に許す日だった。
失ってしまった大切な人と、犯してしまった取り返しのつかない過ちの記憶を取り出す日。
何度も思い出して、塞がりつつある自分の中の傷口を広げ、あの痛みを思い出す日。
それが「生きること」を選んだ自分の義務だと思っていた。
これからもずっと。
それでも時が経つに連れあやふやになる記憶の不確かさに、八戒は怯えていた。
辛い記憶を忘れるということで、本能的に逃げようとしている自分の狡さに口もとが歪む。
もっとよく思いださなくては。
あの時の血の臭い、怨嗟の声、守れなかった大切な人の最期の涙。
じわじわと沸き上がる狂気と絶望の記憶に引き込まれかかった時だった。
「あ…」
葉ずれの音とともに突然目の前に現れた"光"に、八戒は目を瞠った。
闇を切り裂くような金の髪と真っ白な法衣に、一瞬で現実に引き戻される。
暗闇の中でさえ、この人は光を纏っているように感じられるのは、自分の思いこみなのだろうか?
あの城跡で感じた「生きたい」と願う気持ちを、何度でも思い出させてくれる、眩しい、"光"よ――