The Shadow Of Your Smile





2.




空にかかる三日月の明かりが頼りなく木々の隙間から漏れてくる。
夜目はきくほうだから然程苦にはならないが、鬱蒼としたこの森の闇は深く、悟浄の胸を苛立たせていた。
この闇の中、一人きりであいつは一体何をしているのだろう?
ついさっき暗い茂みに吸いこまれるように消えた八戒の背中を思いだして、悟浄は眉を顰めた。


昼間ジープの上で眠りすぎたせいか、悟浄はなかなか寝つけずにいた。
それでもなんとか眠りの波の端をつかまえたかという時に、慣れた気配を感じて薄目を開けた。
息をひそめ、思い詰めたような固い表情でジープを降りる八戒の白い横顔が目に入った。
その瞳は目の前のものを通り越して、既に彼を待つ者を見ているようだった。
一度もジープの上を振り返ることなく、八戒は静かに木立の中に消えた。

そんな後ろ姿を見送った後では眠れるはずもない。
ため息を一つつくと、豪快な鼾をかく小猿と寝息もたてずに眠る三蔵を残して、悟浄もジープを下りたのだった。
八戒の後を追う気にはなれなかった。
わざわざ八戒の向かった方向とは反対側の茂みに足を向けて用をたしてはみたものの、ジープに戻る気にもなれない。
仕方がないのでさっきからこうして、暗闇の中をブラブラしているのだ。



悟浄は煙草に火をつけると顔にかかる髪をかきあげた。
「あーぁ、まいったね」
こんなに気持ちになるのなら、あの時声をかければよかったのだ。
だが頼りなげながらも他者を拒絶する毅然とした後ろ姿は、声をかけるのを躊躇わせた。
去年も一昨年も八戒は一人でこの日を迎えていた。
自分が行っても何ができるわけではないのだし、下手をすればぶっとばされるかもしれない。
昼間気づかわしげに向けた悟浄の視線にも、八戒は気づかぬふりで笑顔を返してきた。
それは出会った頃の儚げなものではなく、「生きること」を覚悟した強さと潔さを感じさせる笑顔だった。
大丈夫。あいつは強い。
時の流れの中で癒されるものがあることを知っている。
それだけでは癒されないものがあるということも。





茂みをかき分けてジープに戻ると、暗闇につつまれた座席には悟空の姿しか見えなかった。
チラリと灯る煙草の火に視線を向ければ、大きな木の根元に腰を下ろした三蔵と目があった。

「何?三蔵も眠れねぇの?」
「あぁ」
不機嫌も露な返答に呆れて肩をすくめると、三蔵の隣にしゃがみこんでポケットから煙草を取り出した。
「八戒に何か用?」
自分が通り抜けてきた茂みの方にわざと頭を傾けてみる。
「あいつに用なんかねぇよ」
吐き捨てるように口にすると、三蔵は眉間の皺を深くして空に浮かぶ三日月を睨みつけた。
不機嫌に拍車がかかったようだ。

予想通りの反応に、悟浄は紫煙に混ぜて小さくため息をついた。
この男は一体何が楽しくて生きているんだろうか?
四六時中不機嫌そうに眉間に皺を寄せては、相対するものを撃ち殺すように睨みつけている。
知り合ってから三年も経つというのに、悟浄は三蔵が笑った顔をまともに思い出せなかった。
まあ、そう見たいものでもないのだが。
そんな三蔵が時折、どこか痛そうな表情を見せることに悟浄は気づいていた。
その視線の先には、いつも柔らかく笑う八戒がいることにも。
常に傲岸で常識破りな三蔵法師サマは、どうやらその心の中に深い傷を抱えているらしい。
自分にも他人にも厳しい程真実を求めるこの男が、本当に求めているものに対しては驚くほど禁欲的なのだ。
自分が救った一人の男に対してだけは…

一見無表情なこの男の心の中に潜む複雑な想いに、悟浄は哀れみに近い感情を抱いていた。
失うことを怖れているのだろうか?その手をのばすことさえしていないというのに。
それは型破りなこの男には不似合いな想いで、その心に負った傷の深さを思わせた。



「八戒、遅ェな〜」
「てめぇが探しに行けばいいだろう」

二本目の煙草に火をつけて悟浄が呟くと、まるでお前の所為だといわんばかりに睨め付けられる。
三蔵は吸いかけの煙草を地面に押しつけて立ち上がると、悟浄が抜けてきた茂みとは反対の茂みに向かって歩き出した。
本当にこの男は素直じゃない。当然そっちに八戒がいるとは思っていないのだろうが。
だが三蔵なら適任だ。


「お迎え、ヨロシク〜」

呟いた悟浄の声は、三蔵の背には届かない。
八戒が消えた茂みに分け入る三蔵の後ろ姿を見送って、悟浄は今夜何度目かのため息をついた。

「それにしても」
まるで悟浄を笑うように見下ろす三日月に目をやって、苦笑を漏らす。



「俺って過保護ね」







(2009.03.25)

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