アンダンテ
2.
野郎が4人集って仲良くメシを食うなんてことが自分の人生に起こることを、悟浄はつい数ヶ月前まで考えもしなかった。
しかも自分とは一番縁遠い、荘厳さにあふれ信仰心と静寂を求められる慶雲院とかいう長安一の大寺院の庭で。
悟浄はきれいに掃き清められた境内をぐるりと見回した。
ビニールシートを広げ車座になって弁当を広げる自分たちを、遠巻きにしながら坊主たちが眺めている。
居心地悪いことこの上ないが、この寺の主だという金髪の僧侶とその連れ子が率先して厳かさをぶち壊しているから、まあいいか。
悟浄は4人で顔をそろえて過ごすのも、たまには悪くないと感じていた。
楽しそうに料理をとりわけ、悟空や三蔵の世話をやく八戒は何だか幸せそうで、見ていてこっちまで柔らかな気持ちになる。
八戒が自分の世話をやかないのは、今朝の出来事への報復だろうか。
まともに弁当を用意してくれただけでも、感謝すべきところだろう。
八戒が自分のことなど目に入ってないことははじめからわかっていたから、断られるのは想定の範囲内。
次はどういう手でいくか。
悟浄は手の中のライターを弄びながら、横目で八戒の様子を伺った。
食事がすむ頃、三蔵は仕事の話を始めた。
今までも時折二人で三蔵からの頼まれ事を請け負うことがあった。
割りのいい小遣い稼ぎだが、その実、ただ厄介な仕事を押し付けられているようなものだ。
悟浄は極力断るようにしていたが、八戒は喜んで引き受けているようだった。
無論三蔵の役に立ちたいという健気な思いからなんだろう。
八戒は真剣な表情で三蔵の話を聞いている。
その瞳は少し潤んでじっと三蔵の顔に向けられていた。
微かに頬を染め、言葉一つも聞き逃さないようにと見つめる姿は、恋する者特有のものだ。
「ではその寺に行って、仏像を預かってくればいいのですね」
「ちょっと遠いが、大方の事情は話してある。すぐに済むだろう」
「じゃあ、僕一人で大丈夫ですね」
にこりと微笑む八戒の姿に、胸の辺りがチクりと痛んだ。
なんで坊主なんかに、そんなに可愛い顔で笑うわけ?
「もちろん、二人で行くぜ!なあ、八戒!」
「え?悟浄も行くんですか?」
碧の瞳が驚いたように見開かれた。
「だって俺たちラブラブだしぃ」
いつからそんなことになった?という険しい顔で睨み付ける八戒の肩を抱き寄せて、悟浄は八戒の頬にチューをした。
気功の一発でも食らうかと覚悟していたが、腕の中の八戒はじっと三蔵を見つめている。
「そうか。まあ、手当ては一人分しか出さねえが、気をつけて行ってこい」
三蔵はちらと二人を見ると、関心なさそうに煙を吐き出した。
八戒はその無表情の下に潜む思いを探すようにじっと三蔵の横顔を見つめていたが、やがて淡い微笑みを浮かべて目を伏せた。
ああ、こいつ、こんな顔もするんだな。
八戒の想いに気づいているんだろうに、三蔵は応える気がないらしい。
八戒が自分の想いに応える気がないように。
腕の中でしおらしい顔を見せている八戒をさらに抱き寄せると、調子に乗るなとばかりに手の甲を抓られた。
「痛って!」
大げさに声を上げたが、八戒は素知らぬふうで新たな風呂敷包みを広げた。
「デザートもありますよ〜」
まだまだ食べ足りない顔の悟空に、ことさら優しい笑顔を向ける。
調子の戻った八戒を笑いながら、悟浄はまだ少し痛む手の甲に目を落とした。
お互い片思いは辛いよな。
そんなクソ坊主さっさと見切りをつけて、俺の手を取ればいいのに。