セロハン

             




4.





白い骨壺を抱いて、悄然としたまま悟浄に手を引かれたあいつは、あの事故から一度も涙を見せることはなかった。
悟浄と二人で暮らす部屋で、あいつが意識を失ったという連絡は、明け方近くに鳴り響いた不穏な着信音が伝えてきた。
そして俺たちは花喃に続いて八戒を失った。
目覚めたのは“今の八戒”だったからだ。


病院のベッドで目を開けたあいつは、それまでの記憶をまるごと失くしていた。
わかるのはヤツが“悟浄”だということだけで、花喃のことすらスッポリ抜け落ちていた。
あの時、悟浄のヤツがほんの一瞬浮かべた歓喜の表情を俺は忘れることが出来ねえ。
今でも、ことの始まりはそれなんだろうと思っている。
検査の結果、案の定あいつの身体に異常はなく、強いショックに寄る記憶障害で片付けられた。
が、退院したあいつは別人のような性格と性癖と、おまけに妙な能力まで持ち合わせて俺達のところへ戻って来た。
いつもニコニコと愛想の良い笑みを浮かべ、のほほんとしてボケをかます様子には、あいつが巧妙に隠していた鋭い爪や牙は欠片も見当たらず、どこもかしこ も隙だらけだ。
しかも、何故かあいつは自分は真性の“ゲイ”だと宣言して男と付き合い出したのだ。
俺は頭を抱えたが、ヤツは“別にいいんじゃねえ?病気さえもらわなけりゃ”と笑いやがった。
ヤツはあいつがゲイに変わったとたん、手を出すのをやめた。
それまでの関係をどう伝えたのか、俺にはわからねえ。
もちろん今まで通り一緒に住んで、一番近くで見守ってはいる。
あいつがそれでもいいと望んで側にいるのだから俺が口出すことでもねえが。


すっかり惚れっぽくなったあいつは、始終誰かと付き合っては別れる繰り返しだ。
あの綺麗な顔とのんびりした性格で、何故誰とも長続きしねえかといえば、あのオマケでついてきた能力のせいだ。
もとから面倒な奴だったが、尚更面倒を背負い込みやがって。
最初は何戯けたことを言ってやがる、と吐き捨てた。
“何だか触った人の未来っていうか、ちょっと先の出来事が見えちゃうみたいなんですよね〜”
ホワッと弛んだ顔つきで言われたところで信じられる訳もねえ。
そっと手を握られて思わず振り払うと、あいつは笑いながら“一週間前西銀座で買ったサマージャンボ、当たってますよ。50万円、よかったですね”とか抜かしやがったが、勿論俺は相手にしなかった。
だが、オヤジは穏やかに微笑みながらも“もう少し詳しく話して下さい”とあいつを私室に連れて行った。
二週間くらい経った頃、俺は宝くじが当たっていることを知って、思わず頭を抱えたが、あいつの能力はそんな可愛いもんじゃ済まなかった。

“触れる”ぐらいでわかる範囲などたかが知れているが、スキンシップが濃厚になればなるほど、見える未来は鮮明になり、最終的に“寝る”となると、どう やらその相手が知りたがっている未来が見えるらしい。
それは相手の希望を砕くことでもあり、欲望を暴くことでもある。
それとなく伝えても気味悪がられたり、逆に相手の本性を知ったり、あいつの恋に味方する能力ではなかったということだ。
それでもあいつは誰かにすがることを止めないのだから、始末が悪い。
親父との間でどういうやり取りがあったのかは知らねぇが、あいつは親父のツテで占い師の修行を積み、生計を立てるようになった。
まぁ、あの顔だし、元々察しはいいし、頭もまわる。口コミだけで十分だった。

それに比べりゃ悟浄のヤツは、相変わらず半端に色々なところに首を突っ込んでいる。ま、半分あいつのヒモみてぇなもんだ。
ヤツのことなんぞどうでもいいが、一つ気になるのは、やはり花喃の骨だ。
あいつが覚えてもいねぇ姉の遺骨になんぞ興味がねえのは当然としても、まるで麻薬のようにあの白いラムネに執着するのは何なんだ。
毒々しいセロファンに包まれた駄菓子を常に持ち歩くあいつと、それをあいつに与えるヤツの納骨堂通い。そして何故かあいつがヤツに触っても、その未来は 欠片も見えねえらしい。
嫌な予感というものがあるならまさしくその類いだ。
頭に甦る“悟能”という高いあの声を、俺はいつも聴こえぬふりでやり過ごす。


そんな俺の思惑なんぞ意にも介さず、親父とあいつは新しい商売に手を染めた。
“未来を知りたい”という欲望は、人を狂わせる。
今ある力が強ければ強いほど、もしくは何かへの執着が強ければ強いほどそれを失わねえために、どんな代償も厭わないという輩は山のようにいる。
昔から親父には政財界への不思議なコネがあった。
“いずれ時期が来たら、色々と話す事もありますけどね”
尋ねても相変わらずの返事でカワされるばかりで、それは俺がまだまだ未熟だからだと思い知らされて情けなくなるばかりだ。
だが、だからと言ってこの仕事はどうなんだ。
いくら本人が納得してるからといって、あの能力を利用して大金を巻き上げるってのは俺の性に合わねえ。
第一、相手の身元はしっかりしているはずだったのに、以前に一服もられた後遺症で、あいつの右目は視力がほとんどねえ状態だ。まあ、相手がその後、表舞 台から姿を消したのは、相当なペナルティーを喰らわしたんだろうが。
“こんなふうにお金を稼ぐんですから、どっちもどっちです”と、あいつは笑って続けることを選んだ。
あいつはふらふらし続けるヤツと、一生を安楽に過ごす資金でも貯めるつもりなのか。
それは俺の知ったこっちゃないが、続けるおかげでとばっちりは来た。

それまでも秘密保持のため、かなりいいホテルを使っていたのだが今度は続き部屋のあるスイートだ。
その続き部屋には俺が張り込んで、マジックミラーからデバガメよろしく監視ときたもんだ。これが不貞腐れずにいられるかってんだ。
何が楽しくて他人の情事なんぞ見なくちゃならねえ。しかも、あの八戒の、だ。
もちろん、あれから尚更厳しく選別しているから、危ない相手が来たことはねえが。
部屋のあちこちに隠したスイッチを押せば、こちらに危険を知らせるランプが点滅する仕組みだから、わざわざ様子を見ることは正直ほとんどねえ。
ただ今日は、あいつが写真を見てからどうにも舞い上がってるようで、気が気じゃねえのも確かだ。
「いいか、少しでもおかしな気配を見せたら迷わず押せよ。」
続き部屋に引っ込む間際、思わず真剣に声をかけたら
「三蔵さんは心配性ですね。でも嬉しいです。いつもスミマセン。」
晴れやかな笑顔で言われてガックリ来た。
誰でもいい、誰か、昔の八戒を俺に返せ。


時間通りに部屋に入った男は、写真と寸分違わぬ“いい男”だった。
ぱあっと明るい表情を見せたあいつに頭を抱えたが、それよりも、だ。
一瞬、マジックミラー越しにこちらを見据えて不適に笑ったのだ。その男は。
いつもならランプを視界に入れつつ、読書で気を紛らわせているのだが今回はどうにも気になってチラチラとミラーを見ては、見えた画像にショックを受けて散々だ。
時計を睨みつつ、そろそろ帰る時間だろうと覗き込めば、キチンと服を着た後ろ姿がサイドテーブルに名刺を置いたところだった。
ふと八戒に向かって何かを 告げた横顔は、優しげな暖かい表情で、意表を突かれた俺が立ち尽くしていると帰り際、あろうことかその男は、“俺に向かって”ニヤリと笑い、ウインクしながら声に出さず「次は3Pでな!」とほざきやがった。
思わず手近にあったクッションを投げつけて、“やってられるか!”と叫んだ俺の目に映ったのは、まだベッドの上でほわんとしているあいつの顔だった。






(WIRED/2012.1.18)

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