セロハン
2.
桃源寺はさして大きくはないが由緒も格式もある寺だ。
上野と湯島の間の裏通りに、緑に隠れてひっそり建っている。
一応裏手に狭いながらも墓地があるが、近所の住民のもんってわけじゃねえ。
ほとんどが苔むしたような古い墓だが、最近のものもいくらかはある。
たぶん、全て“ワケあり”だ。
葬式も滅多にしねえこの寺が、どうやって成り立っているのか
親父はまだ俺に伝える気はないようだ。
だが、私財を投じて養護施設も経営しているからには、金はいくらでも必要なはずだ。
最近、パワースポットだとかで、若い女どもが桃の絵のついた札をありがたそうに買っていくようになった。
もちろん、親父と八戒が示し合わせて作ったに決まっている。
占いの客に吹き込んだのが、口コミで広がっているようだ。
あの二人の共通点が“金もうけ”なのは今に始まったことじゃねえが。
タクシーを降りると、門のところに忌々しい紅い髪がチラリと見える。
「悟浄、早かったですね!」
あいつの声がいきなり弾む。
紅い髪の男はニヤリとあいつに笑いかけると、もう悟空にちょっかい出して絡んでいる。
ヤツの側をすり抜けると、いつものハイライトに混じって微かに香が匂った。
なるほど。そういうわけか。ここにいたなら早いも何もあるか。
寺院の奥の納骨堂を思い浮かべると、余計にイライラが増した。
ヤツは八戒に黙って時々あの女に会いに来る。
今さら何を話す必要がある。しかも相手はもの言わぬ骨でしかねえ。
決着はついた。どんなに思わぬ形であっても、だ。
「ああ、八戒、すみませんね、急がせてしまって。おや、悟浄も一緒でしたか。相変わらず心配性ですねえ。」
いつもと変わらず親父の笑顔は穏やかでおっとりした物言いだがこれから話す内容ときたら、間違っても猿には聞かせられねえ。
「悟空。貴方のオヤツはちゃんとあちらの家に取ってありますよ。夕食前に宿題と一緒に片付けてしまいなさい。」
間髪入れずに親父が悟空に申し渡す。
「じゃあオレ行くよ、またな、八戒」
何故かあいつにだけ挨拶して、猿は一目散でおやつに直行だ。これで邪魔はなくなった。
とっとと話しを進めて早く終わりにしてえんだよ、俺は。
「で、今夜のこいつのお相手はどんなやつなわけ?」
悟浄のヤツもニヤニヤはしているが、さすがに目は笑ってねえし、ピリピリした空気を纏っている。
すっ、と親父が八戒に写真を差し出すと、一瞬で翠の目が輝いた。
猛烈にイヤな予感がする。
「まだお若い方なんですけどね。将来を嘱望されている官僚です。今回は個人的なことで答えをお望みのようですし、先行投資ということで格安でお受けしてしまいました。八戒、貴方には事後承諾で申し訳ありませんが。」
あいつはようやく写真から目を上げると、親父に向かってニッコリ笑った。
「いいえ、先生。こんな素敵な方なら僕、タダでもいいくらいです。あ、もちろんお代はちゃんと頂きますけど。」
期せずして俺と悟浄は両側から八戒の持つ写真を覗き込んだ。
確かにこれは男前だ。そしてどこか油断のならない気配が漂っている。
何故か目の前の紅い髪の男にも似ている気がする。ヤツの表情が複雑なのもそのせいか。
「官僚の卵、ね。じゃ、危ない真似もしねえか。良かったな、八戒、色男で。」
本音とはほど遠いヤツのセリフは鳥肌がたつくれえ気持ち悪いが、あいつの方は“やだなあ、悟浄の方がずっといい男ですよ” なんてほわんと微笑んでいる。
こんな時、もう何度となく俺は叫びたくなる。
誰でもいい。八戒を返せ。
この八戒じゃねえ、あの八戒を返せ。
視線を感じて顔を巡らすと、親父の少し哀しげな目が俺を見つめていた。
(WIRED/2011.12.14)
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