セロハン
12.
夢を見ていた。
キラキラと光るセロハンに包まれた白い塊を
まるで壊れ物のように丁寧に取り出して
僕の口に入れてくれる悟浄。
いつも笑っているその瞳は、涙に濡れている。
どうしたんですか?悟浄…
泣かないで。
あなたが泣くと、僕は――。
「あれ?」
気が付くと僕は、和室に敷かれた布団の上で天井を見上げていた。
一瞬何が起きたか思い出せずに不安になる。
僕はまた、記憶が…?
漂っている線香の匂いに気が付いて、波立ちかけた僕の胸は静まった。
ここは桃源寺の座敷だ。
そうか…変な男に襲われて、三蔵さんが助けてくれて…。
タクシーに乗った記憶までしかなかったから、きっと三蔵さんがここへ連れてきてくれたんだろう。
ギシギシと軋む体に呻きながら、ゆっくりと身を起こした。
耐え難かった頭痛は鈍い痛みに変わっていて、節々の痛みもましになっている。
僕はいつの間にか浴衣に着替えていた。ボロボロだったコートとシャツ、ズボンはどこにも見当たらない。
ゆっくりと誰もいない部屋を見回すと、床の間に活けられた竜胆が目に入った。
そのきれいな紫に、三蔵さんにお礼を言わなくてはいけないと思い出した。
あの人にはずいぶんと迷惑をかけてしまった。
僕はそっと座敷を出て、冷たい廊下を進んでいった。
三蔵さんを探して奥へと歩いて行くと、納骨堂へ続く外廊下へ出た。
姉が眠っているというその場所に、僕は数回しか足を向けたことがない。
命日には悟浄と一緒に姉が好きだったという白い花束を持ってやってくるけれど、悟浄と姉の仲を疑い始めてからは、なんとなく足を向けにくくなっていた。
久しぶりにちゃんと会いたいと思って、冷たい外廊下をそっと進んでいった。
大きくはないけれどしっかりした造りの納骨堂の扉は少し開いていた。
傍に寄ると先客がいるようで、中から話声がする。
自分の恰好を思い出し、後にしようと踵を返しかけた時に、“かなん”という声がきこえて、僕は動きを止めた。
そっと扉に近づいて、細い隙間から中を覗いてみた。
扉の中には、悟浄と光明先生がいた。
声をかけようと扉に手をかけた僕は、悟浄の顔を見て動けなくなった。
見たことのない哀しそうな表情。
何かを諦めてしまったような、寂しい微笑み。
さっきまで見ていた夢の中でも、悟浄がこんな顔をしていたことを思いだした。
「毎週のようにここにやって来て、一体何をしているんですか?」
先生の穏やかな声が聞こえる。
「来ねえと、コイツがうるさいのよ。口うるさいところは、死んでも変わらないみてえだな」
悟浄は経机に載せられた白い陶器の壺に目をやって、優しく目を細めた。
「アイツは元気か?今日は何を食べたか?今、どんな本を読んでんのか?どんなヤツと付き合ってるのか?とか…アイツを幸せにしなきゃ、コロス、とかさ」
「それは穏やかじゃないですねえ」
「死んだヤツには何もできねえからさ。そりゃ、恨み言の一つや二つ、言いたくもなるよな」
悟浄のきれいな指が、壺をそっと撫でた。
「その中身、何でそんなに軽いんですか?」
「ご想像の通り、だと思うけど?」
「八戒は……知るわけないですね」
「…記憶なんて戻らなきゃいいって思うよ。俺って冷たいのかな?」
「あなたは優しすぎるんですよ」
何の話をしているんだろう?
ひどく優しい先生の声が続く。
「いいんですか?このままで」
「いいんですよ」
冗談めかした悟浄の声。
「あなただけが、背負うことじゃないでしょう」
「優しいなあ、光明さんは。…ホレちゃいそう」
「あなたも八戒も、大切な息子ですからね」
「…息子なのに寝ちゃうんだ?」
一瞬悟浄の声に皮肉な調子が混ざった。
「あの子は仕事のパートナーでもありますから」
どこまでも温かい光明先生の声。
「あいつの好きなようにしてやってよ。俺には、なんの力もないからさ」
「あの子にとって一番のパートナーは、あなただと思いますよ」
ゆっくりと首を振る悟浄を見て、僕はそっと扉を離れた。
何の話をしているのかわからなかったけれど、聞いてはいけないことのような気がした。
座敷に戻ると、僕はさっきの悟浄の様子を何度も思い返した。
何であんなに悲しそうな顔をしていたんだろう。
悟浄は僕の記憶が戻らないことを望んでいるんだろうか。
光明先生は何を知っているんだろう。
あの壺は姉の骨壺だ。
何と言っていたっけ?
そうだ。
“軽い”と言っていた。
一体、どうして?
突然頭がきしむような音がして、その声が聞こえた。
“ごのう”
柔らかく透き通るような女の人の声
そうだ…これは確か、彼女の…
「か…なん?」