sower





1.



夜中に目を覚ましたら、運転席に八戒の姿がなかった。
隣では悟浄が狭いスペースで窮屈そうに手足を縮めながら眠っていて、助手席では三蔵が腕を組んで頭を下げ、身動き一つしない背中を見せている。
最近は毎日みたいに敵の襲撃が続いていて疲れ果てているから、こんな森の中での仮眠みたいな休息でも深く眠っているんだろう。
一時間交代で起きていることにしましょうと言い出した八戒を残して、俺たち3人はアッという間に眠ってしまった。
最初に見張りをすれば八戒はそのあと続けて眠れるから、運転の負担を考えたらいい案だ。
次は俺の番だしちょうどいいやと思って見上げた月の傾き具合から、その一時間はとっくに過ぎていることがわかった。
時間になったら起こしてくれるって言ってたのに、何かあったんだろうか。
少し不安になったけど、木立ちの奥の方に微かに八戒の気配を感じてホッとした。
俺はそっとジープを降りて、木々の間に入って行った。
月の光も届かないくらい真っ暗な木立が続いた先に少し開けた場所があって、そこから小さな音が聞こえてくる。
ぽっかり空が開いて月の光が落ちているその場所で、八戒が地面に膝をついて一心に穴を掘っていた。
銀色の小さなスコップが冷たく固い地面に歯をたてる音が、夜の森に小さく響く。
突然スコップを脇に置くと、八戒は左の掌の中のものを穴の底に置いてそれを見つめた。
それからそっと一つ、ため息を落とす。

「八戒」
碧の瞳が俺を見上げて瞠られた。
「悟空…」
夢の中から戻ってきたようなあやふやな表情で、八戒は笑った。
「起こしちゃいましたか?」
「何してんの?」
「夕飯に食べた南瓜の種を埋めているんです。」
「なんでそんなことしてるんだ?」
「もしかしたら芽をだすかもしれませんから。」
捨ててしまうのが忍びなくて、と八戒は笑った。
「いつもこんなことしてるの?」
「いつもという訳じゃありませんよ。場所と時間があるときに、時々。」
なんでわざわざ、という俺の顔に応えるように、八戒は続けた。
「土を触るとホッとするんです。最初の頃は、旅に出る時に持ってきていた球根や花の種を少しずつ埋めていたんですけど、そのうち埋めるものがなくなってしまって。こうやって調理で出た野菜くずを埋めたり、手に入ったときには花の種を埋めてみたり、ね。」
八戒は少し照れくさそうに笑った。

俺はたまに訪れた、森の中の小さな家を思い出した。
庭の日当たりのいい一画に作られた小さな畑で、八戒は緑の葉を茂らせた植物をたくさん育てていた。
俺も何度か一緒に苗を植えたり収穫したことがある。夏はトマトや胡瓜、茄子。秋には芋、寒くなったら葱や白菜。
八戒は何でも上手なんだと、いつか悟浄が得意げに話していたっけ。

八戒はゆっくりと穴に土をかけて表面を丁寧にならした。
「上手くいけば帰り道に、美味しい南瓜ができているかもしれませんよ。」
楽しみですねと言って立ち上がると、八戒は膝のあたりの土を払った。
「じゃあ、帰り道は食糧に困らないな。」
俺はスコップを拾いながら、花が咲く道をのんびりドライブする自分たちを思い浮かべた。
そんな時は一体いつくるんだろう。
「さあ、戻りましょうか。」
「ううん。俺、もう少しブラブラしてから戻る。次俺の番だから、八戒はもう寝ててな。」
「そうですか、気を付けて。」
木の陰に消える背中を見送ってから、俺は八戒が掘っていた場所を見下ろした。


うそつき。
八戒はうそつきだ。
この場所に、本当は何を埋めていた?

俺は昼間見たものを思い出した。
それは戦闘の後の小休止で。
転がる死体を避けた少し離れた木陰で、三蔵と悟浄は煙草を吸っていた。
“ジープに煙がかかると可哀想ですから、吸う時は離れて下さいね。”
八戒は最近そんなことを言いだして、煙草を吸う二人を遠ざけるようにしている。
確かに悟浄は煙草が途切れたら死ぬと思っているんじゃないかという程にひっきりなしに吸っているし、三蔵は悟浄程ではないけれど、イライラしだすと手が伸びる。
せめて休憩中くらいは、と考えるのは自然なことだけど。
なんだか二人きりにしてやってるみたいで、妙な感じだ。

二人は不満顔で肩を並べて煙を吐いていた。
時々大人げない言い争いをしつつも見様によっては仲睦まじくタバコをふかす姿を眺めながら、八戒は笑顔を浮かべていた。それは安心したような諦めたような、悲しそうな、どれにも見える不思議な笑顔だった。
「八戒も吸えばいいのに。」
わけのわからないもやもやが込み上げてきて思わずそう声をかけたら、八戒は少し驚いた顔をしてから、ふふと目を細めた。
「昔は僕も吸っていたんですよ。それこそ、お酒や危ないクスリなんかもそれなりに。」
きれいな横顔に一瞬影がよぎった気がして、ドキッとする。
「すぐにのまれてしまって色々と失敗しまして。今はあの頃とは体質的に随分変わったので、そういうものに対しても鈍くなったと思うんですけどね…。なるべく依存性のある嗜好品には近付かないようにしているんです。根がそういうものに頼りたくなる性分なものですから。」
戻ってこられなくなると困るでしょう、と冗談か本気か分からないような顔で笑った。

「今のうちに水場を探しておきましょうか。」
水筒を手にジープを降りると、八戒はもう一度喫煙者たちに目をやってから背中を向けた。
「まあ、もう十分はまっちゃってるんですけどね。」
ふと聞こえた小さな声。
愛おしむような悔いるような不思議な調子の言葉の意味を考えているうちに、八戒は歩き出してしまった。
転がる死体を避けて行く背中はどこか寂しそうで、胸が苦しくなった。


最近、宿に泊まればあいつらは相部屋ばかりだ。
俺と相部屋の八戒は、凪いだ海みたいに穏やかな微笑みであれこれと世話をしてくれる。
どこからか美味いお菓子を取り出してお茶を入れてくれたり、長くなりすぎた髪を切ってくれたり、ジープを洗ってやったり。
でもその穏やかな笑顔がふとした瞬間痛みに耐えるような笑顔に変わっていることに、八戒は気付いていないんだろう。
俺は八戒と同室でもちろん文句ないし、八戒だって望んであいつらを近づけようとしているんだから文句なんてないはずだ。
なら何でこんな場所で、黒々とした穴を見つめてアイツの名前を呟いてた?
あんなに切ない声で、肩を震わせ、ひどく大切そうに。

この土の下に。
俺たちが通ってきた大地の下に、八戒は一体どれだけの思いを埋めてきたんだろう。




(2014.1.14)

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