天さんのこと





7.




朝の光の中、桜の木が冷たい風にざわざわと揺れている。
天蓬はゆらゆらと漂いながら木の下までやってくると、一際揺れている梢の辺りを見上げて煙草に火をつけた。
「いつまで隠れているつもりですか?」
枝に僅かに残る葉を引きちぎるように強い風が吹き抜けると、黒い軍服を纏った男が現れた。
その身体は、やはりうっすらと透けている。
「あれ?気づいてた?」
「当たり前です。今までどこに行っていたんです?」
捲簾は肩をすくめて、片眉を上げて見せた。
「だいぶ前にココにきてたんだけど、オマエはなかなか姿みせねえし。アイツ、めちゃくちゃ鈍くてさ。何度呼んでも俺の声、聞こえねえんだもん。参ったわ」
「本当に驚くべき鈍さでしたね。おかげで僕はあんなコトやこんなコト、いろいろしちゃいましたけど」
「うわ、お前っ、俺の生まれ変わりに妙なコトしてねえだろうな?」
捲簾の嫌そうな顔に、天蓬はふふふと笑った。
「まあ、いいじゃないですか。この世でもいい思い出ができました。で、あなたは何をしていたんです?」

「仕方ねえから、あいつらのとこ行ってた」
捲簾は笑いを堪えながら肩を震わせた。
「あちらはどうなっているんですか?彼は金蝉とは随分雰囲気が変わっていましたけど。悟空は少し大きくなっていましたね」
天蓬は懐かしむように目を細めた。
幼かった悟空を見つめながら見せたものと全く変わらない、柔らかな微笑み。

ああ、こいつの笑った顔、やっぱり好きだな。
捲簾は唐突に思い出した。
任務中の自信に満ちた笑顔、奇策を弄する時の性質の悪い笑顔、そして執務室で本に埋もれながら見せた気の抜けた笑顔。
このきれいな男が浮かべていた、様々な笑顔を。
500年。
短くはない時間だったけど、待っていてよかった。
やっぱり俺はこいつが好きだったんだな。

「いやあ、あいつは俺らみたいに彷徨う必要ねえだろよ。今でも悟空の傍できっちり子育てしてんだからな。しかしどうやったらあのお坊ちゃまが、三蔵みたいになるんだ?」
「彼も何か思う所があったんでしょうね」
含みのある様子でくすくす笑う姿も全く変わっていない。
ただその身体が半分透けて、風に揺れるようにふわふわ漂っているだけだ。
だけどその心は、あの頃よりずっと傍にある。

「さて、500年ぶりに再会して、僕らはどうすればいいんでしょう」
「決まってるだろ」
意地やプライドや遠慮や。
500年前に自分たちの間に横たわっていた全てのものを飛び越えて、二人は迷いなく腕を伸ばし抱きしめあった。
それから、深い口づけを交わす。

「待たせたな」
「こうやって忘れないでいてくれたことだけで、充分です」

ああそうだ。
そんなこと、前にも言ってたな。肝心な所でしおらしいとこもそのままなんだな。
忘れるわけねえだろ。

「僕は何も後悔することはありませんよ。こうやって過ごした長い時間も、全てあなたに逢うための布石だったと思っていますから」
まるで作戦を説明するような口調で、なんて可愛いことを言うのか、この男は。

「そういえば、お前は何やってたの?」
「ちょっと最後のミッションを」
「ミッション?」
「500年待つのも悪くなかったんですけれど、彼らにはもう少し早く幸せになってほしいなあって思いまして」
天蓬は花が開くように鮮やかに笑うと、短くなった指先の煙草を放り投げた。
地面に落ちた瞬間、それは薄紅色の花びらになって風に飛んでいった。

「あの美人さんがお前の生まれ変わりだって教えてやらなかったのか?」
「だって“あなた”のことを、生まれ変わっても好きだなんて癪じゃないですか」
膨れてみせる白い頬に触れながら、捲簾はにやりと笑った。
「相変わらず可愛くねえな、天蓬」
「それはお互いさまですよ、捲簾」

冬を告げる風が吹き過ぎると、抱き合った二人の影は消えていた。






end




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(2012.11.23)


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