天さんのこと
1.
洗いあがった洗濯物を手にリビングのドアを開けた瞬間、驚いて立ち止まった。
「どうしたんですか?…その方」
同居を始めるにあたって、この家に女性は連れ込まないと約束したはずなのに。
夕べのカノジョと別れがたくて、持ち帰ってきたのだろうか。それとも図々しくも強引についてきたのか。
肩までかかる黒髪にメガネをかけた美人が、悟浄の膝の上にちょこんと座ってにこやかに僕をみている。
「え?何が?」
「だから、そちらの…」
口にしかけて、いかにも不思議そうな悟浄の表情をみて気が付いた。
そうか、悟浄には見えていないんだ。
ということは、この傍若無人な美人は人ならざる者ということになる。
霊感というものがまるでない人だから仕方がないけれど、こんなにぴったり密着させてる悟浄にも腹がたった。
「なんだよ?なんかいんの?」
悟浄は顔をしかめて部屋の中を見回した。
「いえ…なんでもありません」
ひきつった笑顔を向けながら、僕はまじまじとその霊らしき人物を眺めた。
整った顔立ちに印象的な黒い瞳。
その頬は着ている長い服のように真っ白でちょっと顔色がよくないけれど、全身が透けて見えそうなほどに頼りない風情の美人だ。
というか、実際にその身体はうっすらと透けていた。
僕を観察するように見返しながら、一向に悟浄の膝から降りようとしない。
いくら幽霊だからって、そこに座るのは図々しいんじゃないだろうか。
僕なんてそんないいこと、したくたってできないのに。
そう思った瞬間その人、じゃなくて幽霊は、悟浄の首に腕を回すと、羨ましいだろうといった顔で僕を流し見ながら悟浄の頬にキスをした。
思わず手にしていた洗濯物を床に落とした僕を笑うと、幽霊は悟浄の膝の上から離れてふわふわと上昇した。
怒りに白くなりながらその行方を目で追う僕を、悟浄は驚いた顔で見ている。
「ど、どうした、八戒?」
「なんでもありません!」
天井の辺りで軽やかにくるりと回ると通風孔から庭に出ていく幽霊を追いかけて、僕は外に飛び出した。