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4.





「買ってきたぜ、三蔵!」
弾んだ声を上げながら執務室に飛び込んできた悟空が、嬉しそうに紙袋からアイスクリームのカップを取り出した。
いそいそと部屋に備え付けた小型の冷蔵庫に突っ込むと、代わりに緑色のシロップと炭酸水を取り出す。
応接セットのテーブルの上にグラスを二つ並べ、何かの実験よろしく悟空にしては細心の注意を払いながらシロップと炭酸水を注ぎ込む姿を眺めながら、俺は小さくため息をついた。
八戒のやつ、余計なことを教え込みやがって。
数日前悟空の家庭教師にやってきた時に、この部屋にシロップと炭酸水を持ち込んだらしい。
「おやつに飲んでくださいね」
そういって悟空に作り方まで教え込んでいったのは、きまぐれか俺へのあてつけか。

神妙な顔で慎重に注ぎ入れる悟空の様子がおかしくて、思わず仕事の手を止めて見入っていた。
満足のいく配合になったのか、悟空はグラスを目の高さに持ち上げて緑色の液体にうっとりと目をやる。
「スゲェきれいな色だよな」
「ああ」
嬉しそうに笑う悟空を眺めながら、ふとあの男のよく似た瞳を思い出して、また一つため息が口をついた。



あれは宝物庫荒しの一件が片付いて、あいつらが必要経費だと称する不当な請求をしにやってきた日のことだったか。
今、悟空が無邪気に笑うその場所で、八戒はひどく心もとない顔をして立っていた。
悟浄の昔の知り合いとどういういきさつがあったのか詳しくは語らなかったが、散々な目にあったらしい悟浄本人よりも、八戒のほうがダメージを受けているように見えた。

「多くを望まないと決めていたのに、ダメですね」
庭で悟空とサッカーの真似事を始めた悟浄の背中を見つめながらため息のように呟いた八戒は、ひどく透明な微笑みを浮かべていた。
まるで祈っているようにも見える横顔は、アイツだけでなく、全ての望みを自ら閉ざすことを決めているように見えた。
一見凪いだ水面のようでいて一皮剥けば情念の塊のような男が見せた意外な表情に、俺は胸をつかれた。
アイツに向けられた想いの果てが、この男にこんな顔をさせているのだ。
そう思うと突然正体のない苛立ちに襲われて、気付くと俺はその言葉を口にしていた。
「てめえを――」

驚きに疑問を口にした後、八戒は窓の外に目をやったまま長い間沈黙した。
それから固い表情で、どうでもいいような下らない条件を出してきた。
すぐさま諾と答えると、八戒はほんの少しだけ口元を引き上げた。


死者を探すようにして生きている男。
あの男には楔が必要だった。
機会と言い訳を与えられたなら、ひそやかに暗い澱みへと流れていこうとする意識を、この場所に繋ぎとめておくための楔が。
それを期待してアイツの家に住まわせていたというのに、とんだ見込み違いだった。
ゴミの日だとか、見え透いた言い訳をしてでも傍にいたかったのだろうに。
ならば自分が繋ぎとめようとガラでもないことを考えた俺もどうかしていた。

一体何度あの安っぽい部屋へ足を運んだのだろう。
抱き合う度に八戒は、息絶えたように動かなくなった。
ベッドの上に横たわり身動き一つしない姿に、冷たい予感で背筋が震えたのは一度や二度じゃない。
よく見ればその背中は微かに揺れていて、その度に安堵の呻きが口をついた。
「…趣味が悪いぞ」
「すみません」
俺の文句に、乱れた髪の隙間から潤んだ瞳で淡く笑うその顔は、いつも別人のように見えた。
そして何度目かの時に突然気が付いた。
抱かれているとき八戒が見ているのは、悟浄じゃねえ。もちろん俺でもねえ。
あいつ自身だ。
八戒が俺に容易く許したのは、そして時には煽るような素振りを見せるくせにいざとなると決してこの腕に添わず、まるで殉教者のような表情を見せるのは。
おそらく俺に抱かれることで、犯した罪を辿っているのだ。
八戒は何度か“許して”と口にしたことがあった。
快楽の中での譫言だと思っていたが、あれは詫びの言葉だったのだと後で気が付いた。
おそらくは手にかけた命、そして救えなかった女に向けた言葉だったに違いない。


おれはどこかで、アイツの代わりになってもいいと思っていた。
だが八戒が俺に望むのは、どこまでも自身を罰し傷つける存在としての俺なのだ。
歪んだ意図に、腹が立つというより無力感に襲われた。
全く期待外れだ。アイツも、俺も。
結局今でもあの男の胸の中には、悟能という男が住んでいる。
あの男はどこまでもエゴの塊だ。
自虐趣味と見限ってしまうのは簡単だった。以前の俺なら、八戒にもこんな自分にも我慢がならねえとさっさと切り捨てていただろう。
それでも八戒に望まれること、自分だけがそれに応えることができるということには、暗い喜びが横たわっていることを俺は知ってしまった。
まるで麻薬のような、この満足感はなんなのか。
ふと、悟浄も同じ思いを抱いているのかもしれないと考えた。
優しさを垂れ流すしか能がない、あの寂しい男も。


「できたぞ、三蔵」
弾んだ声に現実にひきもどされると、緑色の炭酸水に溶けかけたアイスクリームが浮かぶグラスを差し出しながら、悟空が嬉しそうに笑っていた。




「なあ、あいつらも行くのか?」
溶けかけた氷をつつきながら、悟空が大きな瞳で俺を見上げる。
ほとんど口にしたことなどないはずなのに、こいつと向かい合って飲むクリームソーダは不思議と懐かしい味がした。
「さあな。三仏神の命令だが、俺とは違って強制じゃねえからな」
呼び出され西への旅を命じられたのは、昨日のことだ。
三蔵法師としての使命を果たし、師の仇を取る旅でもある。
「一緒に行けるといいなあ。4人で旅するなんて楽しそうじゃん♪」
「遊びにいくわけじゃねえぞ」
「わかってるって。でもさ、危ねえ旅なんだろ?あいつら頼りになりそうじゃん」
「何だ、怖いならついてこなくてもいいぞ」
「そんなこと言ってねえだろ!そうじゃなくて…」
悟空は一息おいて、真夏の花のような笑顔を見せた。
「俺、あいつらが好きなんだ」


その時初めて、俺は悟空のその素直さを眩しいと思った。
愛だの恋だの関わりのないところで、多分俺もあいつらに惹かれているのだ。
八戒がこの俺に付き合うというのなら(十中八九その場合は、アイツもついてくるんだろうが)、俺もあいつにどこまでも付き合うだろう。
そしていつか見たいと願っている。
哀しみも憂いも取り込んで、それでも強く咲く花のようにきれいな笑顔を。

「明日電話をするから、あいつらにそう言ってやれ」
「えーっ!悟浄にだけはぜってえ言いたくねえっ」
万華鏡のようにくるくる変わる表情に笑いながら、俺は炭酸水を飲み干した。






end






最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
相変わらず八戒様が甘やかされてますが、お許しください。
この後旅を続けて、無印→リロードの辺りで
5と8の関係が変わったんじゃないかと勝手に思っています。
全くの妄想ですが。

八戒様、誕生日おめでとう。


(2012.9.21)


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