セロハン

             



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堂の中はいつになく暖かだった。
これは小春日和な陽気のせいだけではないのだろう。
ふわふわと空気が揺れている気がして、光明はにっこりとほほ笑んだ。
「やれやれ…寂しくなりますね。」
“あの子はもう大丈夫よ。”
「そうですね。」
光明は二人が供えていった白百合の香りを聞きながら、この声が聞こえるようになったのはいつのことだったろうと思いを巡らせた。
たしか、八戒が記憶を無くしてすぐの頃だったろうか。
この5年間、彼女も自分たちと一緒にあの子たちを見守ってきたのだ。

八戒があの力を得たのはなぜだったのか、今でもわからない。
知識や常識を超えた不思議なことは、それこそいくらでもあるのだから。
それにしても我ながら年甲斐もないことをしたものだ。
彼の力を確かめるという名分があったとはいえ、好奇心に負けてしまった。
おかげで彼に…
「余計なものを背負わせてしまいました。」
光明は小さなため息と一緒に呟いた。
“いいのよ。あの子達は二人でいれば、受け止めて歩いていけるから。それより先生のかわいい三蔵坊やが心配だわ。大事にしすぎも大概よ。”
「そうですねえ。そろそろ頃合いでしょうかねえ?」
残された時間を考えれば、伝えるべきことは多くある。きれいなことばかりでないのが、いささか心苦しいが。
最近の息子の成長を思い、光明は目を細めた。
きっとあの子は、受け止めてくれるだろう。

“かわいいのね、あの人が。”
ずいぶんと年上の人のように、花喃はつぶやいた。
「可愛いに決まっているじゃないですか。あなたたちは、皆、私の子供ですよ。」
“じゃあ、パパって呼んでもいいかしら?”
「いいですねえ♪もう一度お願いします。」
“…なんだかイカガワシイ響きね。あの子たちにも呼んでもらえばいいわ。”
大きな息子たちがかわいらしく呼ぶ姿でも思い描いたのか、花喃はふふふと空気を震わせて笑った。

「ちょっと失礼しますね。」
光明は作務衣の懐から煙草を取り出した。
ここは禁煙よ、といつもは口煩い花喃が咎める言葉を返さないことに気づいて、光明は苦笑いした。
“さびしい?”
ひどく優しい声が降りてくる。
やれやれ。女の人は、娘にも母にもなれるところが、すごいですねえ。
「さびしくはないですよ。あなたにも会えますしね。」
“待っているわ。”
白い煙を目で追って、光明は目を細める。
「あなたこそ、さびしくはないですか。どうして彼らの声に応えてやらないのです?」
“あの二人の中に私がいて、こうやって見守っていられるのですもの。もう口を出すのはやめておくわ。だからこれからも時々、話し相手になってね、パパ。”
「あなたはいいお姉さんですね。」
“やめてよ。”
朗らかな笑い声と煙が、天井のあたりを漂い消えていった。










end



(葉村/2013.11.22)

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