スタート
5.
吹き抜けてゆく風にマルボロの香りが混ざっているような気がして、八戒は顔を上げた。
俄かに立ち上った多くの妖気に混ざって、親しんだ二人の気を確かに感じる。
八戒は森の外れの方角に目を凝らした。
“一緒にくるか?”
突然三蔵に尋ねられたのは、一週間程前のことだった。
“三仏神の命令で、経文を探しに西の果てへ向かうことになった。面倒くせぇが仕方がない。生きて戻れる保障はねぇが一緒にくるか?”
自分に恋焦がれる殺人犯を平気な顔して旅に誘ったりできるのだ、あの人は。
もう来るなとか言ったくせに。きっと僕の告白なんか、忘れているに違いない。
いや、そうじゃなくて。
こっぴどく振っておきながら声をかけてくるのは、不器用なあの人の優しさなんだろう。それに応える道を選ぶのは他ならぬ自分自身なんだから、全く始末が悪い。
八戒は小さく笑いながら、悟浄を促して妖気の根源へと走りだした。
大勢の妖怪に囲まれた三蔵と悟空を見つけて、二人は足を止めた。
「お、やってるやってる♪」
早くも戦闘が始まっている崖下を見下ろして、悟浄が嬉しそうに声を上げた。
「悟浄」
「なに?」
「旅の間、僕が無理やり三蔵を襲っちゃいそうになったら、殴ってでも止めてくださいね」
隣で悟浄が嬉しそうに頷いた。
「おう、任せとけ!そのまま物陰に連れ込んで、鍛え上げたオレ様のテクニックで夢中にさせてやっから♪」
「それは、スゴイ抑止力だなぁ」
あはは…と声を上げながら、八戒はそれも悪くないかもしれないと考えた。
でも待てよ。そうなると、僕が三蔵を襲わなければ、自分たちはこのまま先に進めないということだろうか。
毎夜とはいかないまでも、悟浄は八戒の身体をマッサージしてくれる。もちろん、健全な方だ。決して不埒な行為に及ぶことはない。
自分が“いいですよ”と言えば、二人の関係は先に進むのだろうと感じてはいたが、八戒はその言葉を言い出せずにいた。悟浄はあの夜“まだ三蔵のことが好きだ”と言った言葉を尊重して、いつまでも待つつもりらしい。
なんと自分たちは、キスすらしていない。エロ河童と名高い、この男が!
参ったな。
八戒は空を仰いだ。
これじゃ陥落寸前。多分僕がその一言を言い出すのも、時間の問題だ。
「やっと見えてきたぜ―」
錫杖を自在に操りながら崖下に呼びかけた悟浄は、まるでやんちゃ坊主みたいに笑っている。
その声にこちらを見上げた紫の瞳が、八戒を捉えて一瞬やわらかくなったように見えた。
思わず小さな苦笑が浮かんでしまう。
でも。
不思議ともう、胸は痛まない。
“サヨナラ”と胸のうちで呟いて、八戒は隣の男に呼びかけた。
「さあ、出かけましょうか」
急ぐことはない。旅はこれから始まるのだから。
向けられた深い紅に微笑を返すと、八戒は思い切り崖を蹴って飛んだ。
end
最後までおつきあいいただきまして、ありがとうございました。
WIREDさまからのリクエストは、
“三蔵に片想い(寺時代に既成事実あり、ですが三蔵は誰に対しても恋愛感情はありません)の八戒に、これまた片想いの悟浄が八戒を自分に振り向かせるまでの奮闘努力を!”
でした。…あれ?
ゴジョが8を自分に振り向かせるまでの奮闘努力のはずなのに、8が勝手に悟浄にオチてるよ(汗)。
すっかり外しております、スミマセン!
“だってあんな素敵な人に、惹かれないはずないでしょう”と、私の中の8が煩くて…。
うそです。本当力不足で申し訳ありません。
WIREDさまには“シリアスでもコメディでも、好きな方で”と仰っていただいたので、これはぜひともコメディで!と奮起したのですが、
慣れぬことをしたせいか、とても時間がかかってしましました。
でも意外に可愛い八戒が書けて、楽しく自己満足しています。
WIREDさま、大変お待たせした上こんな話をお許しくださって、ありがとうございました。
(2010.12.24)
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