モノポリスト

             






1.





「僕は独占欲が強いですから」 
そう口にしたら、三蔵が意外そうな顔をした。  



それは遊びにきてくれた三蔵と悟空とお茶を飲んでいた時のことだ。 
土産だと手渡された饅頭と、ささやかな贅沢として取り寄せておいた玉露はとても相性がよくて、三人共すっかりくつろいだ気分になっていた。
大量に用意した昼食を気持ちいいくらいその体に納めた悟空は、饅頭を頬張る事に余念がなく、本来ならば悟空と饅頭を奪い合っていたであろうこの家の主人は、夕べから帰ってきていなかった。 
賭場で仕事(と呼べるんだろうか?つまり生業にしている賭け事だ)に熱中しすぎて遅くなったのか、はたまた飲みすぎて前後不覚になったのか。
どちらにしても、何人もいるらしいお付き合いしている女性達のうちのどなたかのお宅に泊まったのだろう。
珍しくもないことだったが、今日は三蔵達がくる日だということを忘れている。
すみません、と謝ったら“お前が謝る事じゃないだろう。”と三蔵に怒られた。そして恋人であるはずなのに(この件に関して三蔵は、納得できねぇ…を繰り返しているけれど)、“お前は何で悟浄の女遊びを野放しにしておくのか?”と問われた時の答えが、件の“独占欲が強いですから”だった。 
おかしな答えだということは判っている。 
日も高く上がってからほんの少しだけ後ろめたい表情で帰ってくる悟浄を、平然と、時ににこやかに出迎える僕は、恋人としてはものわかりが良すぎる淡泊なヤツに見えるだろう。  



三蔵は玉露がいたくお気に召したみたいで、何度目かのお代わりを所望された。お茶は湯の温度が大事だからなどと蘊蓄を聞かされる。
「そういえば、悟浄もお茶の温度にはうるさいんですよ」 
「あいつにそんな些細な違いが判るのか?」 
三蔵は不審げに眉を顰めた。
「ああ見えて、彼は繊細なんです」 
そう、僕の心の動きなんかには、特に。
「敏感すぎて困ってしまいます。優しすぎるんですよね」  
「なに惚気てんだ」 
三蔵は小さく肩をすくめると、未だ食欲旺盛な悟空に目をやってどこからかハリセンを取り出す。
「みやげに持ってきたものを、がつがつ食うな!」
小気味よい音が響いて悟空が頭を抱えて蹲る。これも愛情表現なんだろうか。
「悟浄はあまり甘いものを食べないから大丈夫ですよ。たくさん食べて下さいね」
涙目の悟空は嬉しそうに笑うと、三蔵を見上げた。  

この二人を見ていると、いつも羨ましくなる。
互いが互いを必要としていることに無自覚で、少しも頼ったり寄りかかったりしていない。端で見ていても互いの魂が強く惹き合っているのを感じるのに。 
性的な結びつきがなくとも、この二人はこのままの関係を続けていけるのだろうと思った。それは恋ではないのかもしれないけれど―。  


僕には決して真似できないものだ。一度惹かれてしまったら、全てを囚われてしまう僕には。 
僕は自分の執着の強さを知っている。全てを変えたあの凶行も、僕の深い執着が引き起こしたものだった。 
あの時、もう誰も愛さないと決めたはずなのに。
手に入れたものを失うことがあったら、きっと二度と立ち直れないだろう。 
自分が何をしでかすか、想像がつかなかった。
全てを破壊しつくすのだろうか?愛する人までも。

そのことを思うと、僕はいつも闇の淵に立っている気分になる。一歩足を踏み外せば、暗い底なしの闇に呑み込まれ抜け出せなくなる。 
だから今はこの気持ちを偽ってでも、悟浄に執着したくなかった。抱かれてしまってからは、尚更に。
そうでもしなければ、きっと欲深い僕はいくら求めても足りないのだ。  
「矛盾だらけだな。お前達は」 
三蔵はため息をつきながら、呆れたという表情で僕を見た。 
本当にその通りで、笑ってしまう。  



悟浄に会うことなく、二人は帰っていった。
「いつでも遊びに来て下さいね。今度は縛りつけてでも悟浄を家に置いておきますから」 
「八戒に会えればいいんだよ」 
悟空は笑いながら返したが、きっと今日は寂しい思いをしただろう。
悟空にとって年相応にふざけあったり喧嘩できる相手は、悟浄しかいない。憎まれ口をききながらもきっと会えるのを楽しみにしていたのだろうに。
三蔵や僕ではできない悟空の年齢に合った相手役を、悟浄はいつでもさり気なくこなしてしまう。 
別れ際にめずらしく穏やかな瞳で三蔵が僕を見つめた。暖かな夕日の色に照らされたその表情からは普段は隠しているのであろう彼の優しさが伝わってきて、僕は少し泣きたい気持ちになった。
「あの男だって覚悟はできてるだろう」 
何の覚悟だろう? 
僕の執着につき合って、共に墜ちてくれる覚悟だろうか? 
僕らは少し冷えてきた夕暮の風の中、別れた。  



二人が帰ってしまうと家の中が急に静かになって、一人きりだということを強く意識してしまう。
二人の前では強がってみたものの、悟浄が帰ってこないことは僕の胸の奥に鈍い痛みをひきおこしていた。 
その薄ら寒い感覚に気がつかないふりで、僕はテーブルを片付け皿を洗い、洗濯物を取り込んで風呂を沸かして、と慌しく動き回った。
たたみ終わった洗濯物を置くために悟浄の部屋へ入ると、主のいない薄暗い部屋には細く開けた窓から夕暮れの気配が入り込んでいた。
壁に染み付いた煙草の臭い、床に積まれた雑誌、脱ぎ捨てられた靴…。
いつもと同じ少し荒れた男臭い部屋のはずなのに、不思議なほど寒々しく色あせて見える。
何度か熱を分けあったベッドの端に、昨夜悟浄が出かけるまで身につけていたシャツが無造作に脱ぎ捨てられていた。
「あぁ、しょうがないな」
手にしていた洗濯物をベッドに置くと、皺だらけのシャツを拾いあげる。
たたみ直そうとシャツを広げた時に感じた悟浄の匂いに、僕は動きをとめた。


執着は日に日に高まり、抑えるのが苦痛になっている。 
悟浄が愛しい。他の誰にも触れさせたくない。 
僕だけを見て、僕だけに触れて、僕のことだけ考えて。 
求め繋がり貪って、悟浄と一つになりたい。そしてそのまま溶け合って、悟浄自身になってしまえたら。
そんな狂った想いさえ呼び起こす。 

気がつくと掌の中のシャツを抱きしめていた。
たよりない布に縋るようにしがみつく。    


早く帰ってきて下さい。 
いただいたお菓子、ちゃんととってありますよ。 
おいしいお茶もいれますから。  


早くあなたを独占させて。 










(2009.12.23)


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