ラムネ2




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「あーあ、やっちまった」
部屋中に散らばった色とりどりの宝石を、僕はぼんやりと眺めていました。
「集めんの、面倒くせぇ…」
がしがしと頭をかくと、悟浄は掬い上げるように僕を見ました。
「どーしよ?八戒」
ひどく透明な瞳で悟浄は微笑みます。
白い菓子を包みから取り出す時優しい瞳の中に見え隠れする、底の見えない空ろが顔を覗かせています。
怒らせてしまったのだとわかりました。
三蔵に買ってもらった白い陶器を見せた直後、
僕のために用意してくれたいつもの包みをテーブルではなく床にぶちまけた悟浄。
冷たい微笑みを浮かべたその紅玉からひやりとした怒りの空気が伝わってきて僕の身体を包みます。
指先から冷えていく感覚に、僕は小さく震えました。
「僕が…拾います」
膝をつき床を這う犬のような姿勢で、僕は部屋の中を回り始めました。
部屋の隅まで散らばった包みはきらきらと光って拾われるのを待っているのに、
冷えきった僕の身体は上手く動きません。
左手に壺を抱え、右手で拾い上げる。
膝立ちでのろのろと足を動かしながら、一つ拾い上げては白い壺に落としてゆく。
あんなに欲しくてたまらなかったはずなのに、
壺の中でカラと小さな音がすると胸の中に冷たい風が吹くようでした。
愚かな獣のように床を這う僕を、悟浄は黙って眺めています。
強い煙草の香りが部屋中に満ちていて、澱んだ空気と緊張で頭が痛みだします。
少し窓を開けなければと考えましたが、早く拾い終わらなくては悟浄が悲しむような気がして、
相変わらずの愚鈍な動きで僕は一つずつ拾ってゆきました。
左手の壷が半ば満ちた頃、僕は悟浄の足元に転がる赤い包みに気がつきました。
悟浄は足元のほんの数センチ先に落ちているそれにも手を伸ばそうとしないで、
僕が近づくのを見ています。
肌に突き刺さるような冷たい視線を感じて、僕の動きはますます鈍くなりました。
熱いのか寒いのかわからないような奇妙な感覚と緊張に震えながら、
悪趣味に輝く赤にのろのろと指先を伸ばしたときです。
今まで僅かも動かなかった目の前のよく履きこんだ革靴が、その赤を踏みつけました。
靴の底でセロファンに包まれたままの白い塊が粉々になる小さな音に、僕は呼吸を忘れました。
同時に大切な何かが胸の中で壊れた音がしました。
でもそれはもしかしたら、僕の胸ではなくて悟浄の胸の中の音だったのかもしれません。
身動きできないでいる僕の傍に屈みこむと、悟浄は長い指で砕けた菓子を拾い上げました。
欠片を零さないようにいつも以上に丁寧にセロファンを剥くと、大きな掌の上にそっとのせます。
ほとんど割れて粉になってしまったそれを、僕の目の前に差し出しました。
「ほら」
身動きはおろか何か言葉を口にしたら息使いで全てが飛び散ってしまうようで、
僕は息をつめて悟浄を見上げました。
ぽっかりと穴があいたように空虚で、どこまでも吸い込まれてしまいそうなきれいな紅。
この空ろを埋められるのなら、僕は何だってするだろう。
舌を出してソレに触れると、馴染んだ甘味と酸味と淡い苦味にひどく安堵しました。
一欠けらも残さないように懸命に悟浄の掌を舐めていると、冷たい指先が頬を撫でてくれて。
それだけでもう、嬉しくて。
哀しくて。
「ご褒美」
汚れた唇を拭ってくれる指先に、僕はまるで口づけを受けるように目を閉じました。
「いい壺じゃん、ソレ」
目を閉じたままの僕の耳元で囁くと、悟浄は立ち上がりました。
ゆっくり目を開けると、振り返ることなく部屋を出て行く悟浄の背中が見えました。
いくら壺が満ちたとしても、あの空ろを埋められるのは僕じゃないのです。
僕は白い壷を抱きしめながら信じてもいない神に祈ります。
“どうかあの空ろがいつまでも僕だけのものでありますように。”






end


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(2009.12.06)




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