君という光
1.
ふと振り返った東の空には、月が昇るところだった。
三日ぶりに辿り着いた小さな街は思っていたより栄えていた。
人通りの多い賑やかな市場をもの珍しそうに覗いて歩く悟空の頭を見下ろしながら、悟浄は人の多さにどこか安心している自分に気がついた。
野宿続きで気分的に参っているのかもしれない。今夜は獣の気配や夜露の冷たさを気にせずに眠れる。
他の三人も口にはしなかったが、連日の野宿から解放されて嬉しそうだった。
街の外から眺めたときは望み薄と思われた今夜のお楽しみも、これなら期待できるかもしれない。
路地の奥にちらほらと見える看板を眺めながら、悟浄は思わず口元を引き上げた。
今夜は久しぶりに賭場に出かけて、それからきれいなおねーちゃんでもゲットして…
そんな高揚する気分を楽しんでいたのに、見てしまったのだ。
その月を。
何気なく振り返った空にかかる月は、不気味に紅い色をしていた。
今までにだって紅い月くらい見たことはあるけれど、目にしたその色の異様さに悟浄は眉を顰める。
"ストロベリームーン"なんて名があるらしいが、ソレはそんな洒落たものではなかった。
紅は血の色、戒めの色…と、誰かが言ってたっけ。
「・・いやーな色・・」
思わず立ち止まっていた悟浄は、一瞬その紅を睨み付けると踵を返して三人の後を追った。
宿屋はいくつかあったのだが、目星をつけた宿に着いたときには二人部屋が二部屋しか空いていなかった。
本音を言えばゆっくり個室でというところなのだが、ここ数日ベッドで寝ていない四人にとっては、それでも十分満足できる条件だった。
実際は狭い部屋に四人で雑魚寝も珍しくないのだ。個室などというのは贅沢な話しだった。
二人部屋の場合、今までは三蔵と悟空、悟浄と八戒という顔ぶれで同室になっていた。
特に決めている訳ではないのだが、今までのつきあいからなんとなくそういうことになっていたのだ。
一行の渉外担当ともいえる八戒が宿の受付を済ませると、案内されたのは二階の突き当たりとその一つ手前の部屋だった。
当然のように三人が部屋にわかれようとしたとき、三蔵の声がかかった。
「八戒、お前はこっちだ」
三蔵はちらっと八戒を睨め付けながら、奥の部屋に向かって歩いていく。
「え?・・はぁ…」
突然のことに驚いて、八戒は動きを止めた。
てっきりいつもと同じ部屋割りだと思っていた悟浄と悟空も立ち止まる。
「どういう風の吹き回しヨ?」
悟浄が茶化すように尋ねると、三蔵がドアノブに手をかけて振り向いた。
「たまには静かに眠りたいだけだ」
言い放つとさっさと部屋の中へ入っていく。
残された三人は、顔を見合わせた。
「確かに、悟空の鼾は豪快ですからね」
八戒が悟空に微笑んだ。
「俺がその鼾で眠れねーじゃねぇか!てめぇ、静かにしろよ」
「悟浄だって、人が気持ちよく寝てるのに、バタバタ帰ってきて煩くすんなよ!」
街に着けば悟浄は大抵賭場や色街に出かけて、夜更けや明け方に戻ってくることが多かった。
「おめぇは一度寝たら、腹が減らなきゃ起きねぇんだろうがっ!」
「まぁまぁ。たまにはペアが代わるのも、気分転換になっていいですよ」
エスカレートしそうな言い争いを、いつものように八戒が宥めに入る。
「俺、どうせなら河童なんかより、八戒と一緒がいいなぁ」
「今度三蔵にお願いしてみましょう」
「ほんっと三蔵サマって、我が儘なんだから…」
三人はひとしきり喋ると、それぞれの部屋にわかれた。
部屋に入る直前、悟浄は思い出したように立ち止まって八戒に声をかけた。
「あいつに襲われないようにな」
ニヤリと笑ってウインクをすると、八戒は目を丸くした後、可笑しそうに笑った。
「まさか。あなたじゃないんですから」
笑いながらノックをして三蔵の待つ部屋へ入っていく八戒の後姿を見送ると、悟浄は閉ざされたドアをじっと見つめた。
先程までの笑みは消え、顔には皮肉気な表情が浮かんでいる。
「どうだかね…一体何を考えてることやら」
小さく肩を竦めると、悟浄は身を翻して自分の部屋へと入っていった。
(2009.6.1)
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