雨模様
1.
降りしきる雨の中、昨日から隣村の寺院へと出かけていた三蔵達が宿へ帰り着いたのは、まだ早朝と呼べる時間だった。
傘を借りて出てきたものの、強い風に煽られてほとんど役目を果たさず、三人はずぶ濡れで宿の扉を開けた。
人気のないホールには、まるで戻る時間がわかっていたかのように八戒が待ちかまえていた。
「おかえりなさい。お疲れさまでした」
笑顔と共に差し出されたタオルを受け取りながら、三蔵は八戒の白い顔を見返し小さく眉を顰めた。
「もう、すっごい風でさぁ。傘なんか役にたたねぇの」
悟空が子犬のように頭を振ると、辺り一帯に水滴が飛んだ。
八戒が慌ててタオルで悟空の頭を拭いてやる。
「ちっ、煙草までしめってやがる…」
悟浄が髪から滴を垂らしながら、ポケットを探って顔を顰めた。
「悟浄も早く拭かないと、風邪をひきますよ。もう少し小止みになるまで待てばよかったのに」
「そう言ったんだけどさぁ、三蔵サマがどーしても早く帰りたいって言うから…」
悟浄が横目で見て意味ありげにニヤッと笑ったが、三蔵は無視をした。
「きっと早く八戒に会いたかったんだよ」
悟空が直球を投げてくる。
いつもなら、余計なことを、とハリセンを振り下ろすところだが、三蔵は聞こえなかった振りをして頭からタオルを被った。
眼の前で繰り広げられるいつものやり取り、返されるいつもの笑顔。
だが僅かな違和感が、三蔵の神経を苛立たせていた。
顔にかかったタオルの陰から伺えば、さっきから一言も喋らない自分に八戒が不安げな視線を向けている。
察しのいい悟浄は、「腹減った」と騒ぐ悟空を引っ張ってさっさと部屋に消えた。
「三蔵も部屋に行きましょう。早く着替えないと…」
八戒は言葉を途切らせて、まるで自分が雨に濡れているかのように小さく震えた。
「具合はいいのか?」
「…はい。無理をいって、すみませんでした」
とてもいいようには見えなかった。
三蔵は僅かに眼を伏せる八戒の姿を一瞥すると、先に立って部屋へと向かった。
今回は予定が狂った。
本来寺院へは四人で向かう筈だったのだ。
だが宿を出る段になって八戒の頭痛が酷くなり、三人で出発することになってしまった。
山道でジープは使えず、徒歩で行くしかない。
多くの妖怪が出ると噂されている場所を、病人連れで往復するわけにはいかなかった。
しかも雨が降った。
本来なら昨日中に戻る予定が、急な嵐のために寺院に一晩足止めされてしまった。
雨は苦手だ。
雨の日は悪い予感に囚われて心が騒ぐ。
あるいは八戒の顔を見たら…と思っていたが、その胸騒ぎは消えなかった。
消えないどころか、一層ひどくなっていく。
部屋に入ると、八戒は三蔵の着替えを用意した。
「早くシャワーを浴びて下さい。風邪をひいてしまいます」
八戒はいつも穏やかだが、潔く深い瞳を三蔵に向けてくる。
だが今日の八戒の瞳は、彼らしくなく揺れていた。
まるで何かを怖れているような表情が、三蔵の苛立ちを一層煽る。
「三蔵?」
着替えを差し出す手首を掴むと、八戒はビクッと肩を揺らして腕を引いた。
手にした衣服が床に落ち、三蔵の法衣から零れる水滴で濡れる。
それに気を取られた八戒を強く引き寄せ抱きしめた。
「三蔵、今日は…」
シャツのボタンをはずそうとする三蔵から逃れようと、八戒は三蔵の胸を強く押し返した。
こんなことは初めてだった。
三蔵が強引に抱き寄せれば、八戒は恥じらいながらも、いつもそっと三蔵の背中に腕をまわしてくれる。
三蔵はその、ふわりと抱きしめられる瞬間を愛していた。
常とは違う頑なな八戒の様子に、嫌な予感がさらに強まる。
三蔵は強引に八戒の身体を抱き込むと、俯く八戒の堅い横顔にじっと目をあてた。
その時目の端を掠めたモノに、三蔵は僅かに目を見開いた。
「今日は何だ?」
三蔵がさらにきつく抱きしめると、腕の中の身体は拒絶するように小さく震えた。
「疲れて…いるでしょうから…」
「疲れているのは、俺じゃなくてお前じゃないのか?」
三蔵は八戒の腕を掴むと、手首にかかるシャツの袖を捲り上げた。
細い手首に痛々しく残るのは、明らかに男のものと判る赤い手の痕。
よほど強い力で掴まれなければ、こんな痕はつくはずもない。
もう一方の手首には、縄の痕と思われる傷が刻まれていた。
「これは何だ?」
これ以上なく大きく目を見開いて、八戒は三蔵を見返した。
その瞳に恐怖の表情が浮かぶのを目にして、三蔵は歯噛みした。
喉元に大きな塊がせり上がってくるように息が苦しい。
「!」
言葉を紡がせる間もなく、八戒をベッドへ押し倒した。
起きあがる間を与えずに腰に乗り上げ、白いシャツのボタンを引きちぎる。
露わになった胸もとには、思った通り自分のつけた記憶のない鬱血が、白い肌を汚すように散っていた。
瞬間、胸の奥からこみ上げる怒りに、眼の前が真っ赤になる。
「誰だ?…誰と寝た?」
射殺すような視線を向ければ、八戒は睫を震わせて瞼を伏せた。
ふと頭に浮かんだのは、昨日宿を発つ自分たちを見送る八戒に、嫌な視線を送っていた二人組の男達の姿。その好色そうな視線に、八戒は気づいてもいなかった。
八戒は自分のこととなると怖ろしいほど無防備で、そのことはいつも三蔵の悩みの種だった。
思えばその時から、三蔵の胸騒ぎは始まっていたのかもしれない。
だが相手は人間だ。八戒が本気になれば、敵う筈もない。
どうしてこんなことになったのか?
三蔵の脳裏に、縛られ二人の男に弄ばれる八戒の姿が浮かんだ。
自分だけのものと思われていたその身体を汚した奴等がいると思うと、三蔵は怒りで震えた。
「あいつら、殺してやる!」
懐の銃を取り出してベッドを下りようとする三蔵の腕を、八戒は慌てて押さえた。
「あの人たちは、もういません。それに…」
碧の瞳から涙が零れる。
「あの人達は、人間です」
八戒は人間を傷つけることを怖れている。
過去に自ら犯した罪を憎むように、人間を攻撃することにひどく嫌悪感を持っていた。
「だから何だ?人間だから、大人しくやられたっていうのか?」
やり場のない怒りが八戒に向く自分の弱さを、三蔵は抑えることができなかった。
ぎり、と音がするほど奥歯を噛み締める。
乱暴に八戒を押し倒すと、辛うじて肩にかかるシャツをひき剥いだ。
次いで下肢も暴くと、引き抜いたベルトで八戒を後ろ手に拘束した。
「嫌ですっ!三蔵っ」
三蔵の荒々しさに恐怖を感じて、八戒は逃れようと身を捩る。
「何が嫌なんだ?あいつらにも触らせたんだろう?」
その腰を掴まえて、大きく脚を開かせた。
露わになる八戒の欲芯は、反応を示していない。
それでも三蔵は、その後ろに続く蕾にいきなり指をいれて掻き回した。
「あっ…、やめ…っ」
まだ解れていないそこは、三蔵の指を拒絶している。
潤滑剤の助けのないその行為は、痛みしか与えない。
八戒は痛みを逃そうと浅い息を繰り返した。
「…くっ…」
狭い入口が切れて赤い血が滲む。だが三蔵は構わずに指を増やしていった。
八戒は全身で三蔵を拒絶している。
だが三蔵の指が知り尽くした場所を思い知らせるように刺激すると、八戒の欲芯は序々に硬さを持ち始めた。
三蔵は屹立する己自身に唇を歪めた。
八戒に拒まれるほどに、彼をめちゃくちゃにしたいという衝動に抗えない。
涙を浮かべて三蔵を見上げる翠の瞳が、強く食いしばり血の滲む唇が、三蔵の嗜虐心を煽ってやまない。
まるで悪い夢を見ているようだった。
些かの迷いもなく、三蔵は八戒の蕾に己の欲芯を捻りこんだ。
「いやっ…、ぁあっ!」
八戒の口から漏れる悲鳴にも構わずに、最奥まで腰を進めた。
性急な行為は三蔵にも痛みを与える。
目眩がするほどに締めつけられて、三蔵は奥歯を噛みしめた。
必死で抗おうとする八戒の腰を引き寄せると、噛みつくように口づける。
逃げる舌を求めて口内を深く蹂躙すると、鉄錆びた味が広がった。
息を奪うような口づけを与えながら身体の中心でそそり立つものに指を這わせると、束縛された白い裸体は大きく震えた。
上下に扱きながら弄れば、聞き慣れた音を立て始める。
「…んぁっ、…は……ぁあ…」
優しい言葉も愛撫もなく、ただ身体の奥から無理やり反応だけを引きずり出そうとする仕打ちにも、一度官能を得てしまえば、三蔵との行為に慣れた八戒の身体はあっけないほど容易く三蔵を受け入れた。
「その声をあいつらにも聞かせたのか?」
耳元で囁けば、八戒はさらに淫らに三蔵自身に絡みつき締めつけた。
「誰にも渡さない」
一度引き抜いたものを八戒の奥底へと打ち付けながら、三蔵は目の前の白い肌を汚す鬱血に噛みついた。
八戒は身体に走る痛みと快感でガタガタと震え、きつく目を閉じた。
「お前は俺のものだ」
窓の外に続く空は黒く、叩きつけるような雨が降り続いている。
その音も耳に入らないかのように、まるで罰のような行為は続いた。
(2009.2.20)
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