late fall
2.
夕飯が済むと、八戒はいそいそと部屋にこもった。
今日は都合のいいことに全員一人部屋が取れたので、三蔵に見つかる心配はない。
しかし都合のいいのは八戒だけで、三蔵にとってはおもしろくないことこの上なかった。
いつもなら例え一人部屋だったとしても、夜更けまで傍にいて熱く愛を確かめ合っている八戒が、さっさと部屋へ引きこもってしまったのだ。
「ちょっと疲れたので」
などと言っていたが、嘘くさいセリフだった。
(何か怒らせるようなことをしただろうか…?)
あいつは笑っていても油断ならない。
三蔵は一人眉間の皺を深くして、思い悩んでいた。
翌日の宿では、二人部屋が二部屋しか取れなかった。
今夜こそは同室に、という三蔵の願いは、
「今日は悟空と一緒でお願いします」
という八戒の言葉で打ち砕かれた。
「お前はどうするんだ?」
さすがに不機嫌になって、尋ねてみる。
「ちょっと悟浄に話しがあるので…。すみません」
眉尻を下げてかわいらしく謝られたら、惚れた弱味でダメとは言えない。
所詮八戒には甘い三蔵であった。
八戒は部屋に入ると黙々と編み始めた。
夕べ一晩で30センチ程編めた。
何せ初めてのことなので、ゲージをとったり、間違えて解いては編み直したり、縄編みで手が攣りそうになったりと、夕べはなかなか苦労した。
だが慣れてくれば自然に手が動いて、いい調子で編み進めるようになっていた。
こうなると、編むことが楽しくて仕方がなくなる。
八戒はなんとか三蔵の誕生日に間に合いそうだと思い、ほっとした。
「なんか三蔵、イライラしてるぜ」
器用に編み目を増やして行く八戒の指の動きを珍しそうに眺めながら、悟浄が話しかける。
「そうですか?どうしたんですかねぇ?」
答えを返しながらも、八戒の手は休まない。
「禁欲生活が堪えてるんじゃねーの?」
「まさか。悟浄じゃあるまいし」
にやにやと笑う悟浄に、八戒は素知らぬ顔で答えた。
「三蔵なら、お前自身が一番のプレゼントなんじゃねーの?」
「それは余りにもベタですよ…。それに僕のことは、普段からプレゼントし尽くしてますから」
さらっと惚気られて、悟浄はこれ以上揶う気も失せた。
「ちょっと出かけてくるわ。俺も誰かにプレゼントし尽くされてみたいなー」
悟浄は上着を手にすると、八戒にウインクしてみせた。
「がんばって下さい!」
八戒は悟浄を見上げて微笑んだ。
ドアを開けて廊下に出ると、ちょうど部屋から出て来た三蔵とかちあった。
乱暴にドアを閉めて振り返り、悟浄の姿に気づくと、三蔵の機嫌は更に悪化したようだった。
「出かけるのか?」
上着を羽織った悟浄の姿を見て、訝しげに眉をひそめる。
「八戒なら、もう寝たぜ」
今部屋に行かれたら不味いだろうと、嘘をついた。
「具合でも悪いのか?」
心配そうに尋ねる三蔵が気の毒だったが、八戒の頼みだから本当の事を言う訳にもいかない。
約束を破ると怖いのだ。あの男は。
悟浄は目の前の三蔵が少し気の毒になったが、この苦しみの後には愛に溢れた喜びがコイツに訪れるのかと思うと、だんだん腹がたってきた。
「夜が激しすぎて、相当疲れてるみたいだぜ」
「………」
声を潜めて囁くと、三蔵の顔が見る見る赤くなっていく。
なかなかお目にかかれない赤面した三蔵サマを拝んで、悟浄は少し気が晴れた。
「まぁ、ほどほどにな」
ニッと笑って肩をたたくと、踵を返して歩き出す。
「そうだったのか…」
後には呆然と立ちすくむ、三蔵の姿があった。
順調に目を増やしていくマフラーを手に、八戒は少し昔のことを思い出していた。
彼女もマフラーを編んでいた。
悟能にプレゼントするのだ、と張り切って編み始めたものの、あまり器用でなかった彼女のペースは遅くて、
「寒くなるまでに間に合うのかな?」
なんて、笑いながら話していたものだった。
結局あのマフラーは、完成しなかった。
彼女が連れ去られたあの日、散乱した様々な物の中にまざって、床に落ちていた。
以前悟浄に、編み物はしないのか?と尋ねられたときには、あの編みかけのマフラーを思い出して胸が痛んだ。
今でも胸は痛むけれど――。
こうやって自分で編んでみて、あの時の彼女の気持ちが少し分かるような気がする。
受け取ってくれる人の事を考えながら一目一目編んでいくことは、思っていた以上に幸せな気持ちにさせてくれる。
買った方が早いし、きれいな物が手に入るけれど。
自分の想いのこもった、世界で一つしかない物を贈ることができることは、大きな喜びだ。
「ありがとう」
あの時には気づかなかった彼女の想いに、胸が熱くなる。
八戒は小さく微笑むと、再び手を動かし始めた。
「今日は一人部屋が取れたので、ラストスパートです!」
三日目、気合い十分の八戒は、夕食後早々に部屋にこもった。
さすがに三日目ともなると我慢の限界か?と思われたが、意外と三蔵は冷静で機嫌も悪くなかった。
(夕べの一言が効いたのか?)
悟浄は三蔵のこの静けさが、嵐の前のものではないことを祈った。
(何でもいいから、早く完成させろよ。)
心の中で語りかけながら、三蔵が爆発したときのことを考え八戒の身を案じる悟浄であった。
そして、その日。
自分の誕生日であることなどすっかり忘れていた三蔵は、三人の「おめでとう」の言葉に恥ずかしそうに応えた。
夕食後、三人からのプレゼントが渡された。
悟空はこの街でおいしいと評判の肉まんを山程。
悟浄は「後で飲んでくれ…」と意味深な微笑みと共にワインを。
八戒はやっと完成した生成のマフラーを。
どれもそれぞれの想いがこめられた、素敵な贈り物だった。
そして夜は更けて―
やっと腕の中に戻ってきた恋人を、三蔵は優しく抱きしめた。
「毎晩、これを作っていたのか?」
「寂しい思いをさせましたか」
八戒は潤んだ瞳で三蔵を見つめた。
三蔵の首に巻かれたマフラーは、思った通りよく似合っていた。
いつもはきつい印象を与える三蔵の顔立ちを、その優しい色が柔らかく見せている。
八戒は満足そうに微笑んだ。
「気に入ってもらえたでしょうか?」
「当然だ。お前がこの手で編んでくれたのだろう?」
三蔵は八戒の手を取って、その甲にくちづける。
「お誕生日おめでとうございます」
ありったけの想いをこめて八戒が囁けば、三蔵も八戒以外には見せない穏やかな笑顔で応えた。
二人手を取り合ってベッドに横になると、三蔵は八戒の唇や額、頬に優しくくちづけた。
八戒は大人しく、されるがままになっている。
ふと三蔵がその顔を覗くと、八戒は安らかな寝息をたてていた。
「今日もお預けか…」
三蔵は目を細め、愛しそうに八戒の髪を撫でた。
この三日間、夜は寝るのを惜しんで編み物をし、昼はいつも通りジープを運転して妖怪達と闘いながら旅を続けていたのだ。
八戒は疲れ切っていたのだろう。
三蔵の腕に抱かれて安心したのか、八戒はぐっすりと眠っている。
「お前の存在が、何よりの贈り物だ」
三蔵は、眠る八戒の唇にくちづけた。
翌朝、いつも通りに出発したジープの上で、三蔵は法衣の上からマフラーを巻いていた。
「今日は暖かいですよ、三蔵」
そういいながらも、八戒は嬉しそうに助手席に何度も目をやった。
「暑くないのか?」
悟空が不思議そうに尋ねる。
「かわいいとこ、あるじゃん」
悟浄はにやにや笑いながら、三蔵の後ろ姿を眺めている。
「なんだ?」
三蔵が照れ隠しのように、振り返って悟浄を睨んだ。
「八戒、初めてにしては上手だな。俺も作ってもらおっかな?」
今回俺もだいぶ協力したし…と悟浄が言えば、
「俺も、俺も!」
悟空も身を乗り出した。
「じゃあ、クリスマスプレゼントということで…。いっそのこと、みんなでお揃いにしましょうか?」
八戒が笑いながら答えると、三蔵の顔色が変わった。
「だめだ!お前らは必要ない!」
これ以上、八戒をとられてたまるか!とばかりに、三蔵が言い放った。
「僕、編み物に目覚めてしまいました。めざせ、ニットの貴公子ですよ!」
八戒は三蔵の気持ちを知ってか知らずか、やる気に満ちた目で握り拳を作った。
そしてふと、心配そうに呟いた。
「次の町に、手芸店はあるでしょうか?」
ないことを切に願う三蔵であった。
end
三蔵さま、お誕生日オメデトウゴザイマス。
そして、
ごめんなさい、広●さん!ファンです。
「うら最」の超ロングマフラーがアリだから、編み物はっちもアリかな〜と思ったのですが…
八戒があまりにも乙女で、途中で書くのが辛くなるほどでした(泣)
まぁ、誕生日だから…と勢いでUPしてしまいましたが、すぐに下ろすかもしれません。
なんか、こっ恥ずかしくて、耐えられない…(笑)。
(2008.11.29)