アンダンテ




7.




バカバカしい。
三蔵は走り去る八戒の後ろ姿を、窓越しに眺めていた。
八戒は気づいているのか。
多分、気づいていないのだろう。

「そもそもテメエが、アイツを選んだんじゃねえか」
思わず口にした言葉に、三蔵は苦笑した。
寺から去ることを許された時、このまま残っても構わないのだと告げた三蔵に、八戒は照れ隠しのような口実と柔らかい笑顔を見せて悟浄のもとに行ったのだ。
寺で自虐に浸りながら過ごすより、手のかかる河童の世話をしている方が気が紛れたのは確かだろう。
だがあの時から八戒が、心の奥底で悟浄に惹かれているのはわかっていた。
なのに当の本人も、四六時中傍にいる悟浄も気づかないのが不思議だった。

三蔵は八戒から向けられる憧憬や尊敬の感情が苦手だった。
立場に伴って向けられる、そんなありきたりなものは下らない。
自分があの男に惹かれていないといえば嘘になる。
ただそれは、愛とか恋とかいう代物とは違う感情なのだろう。
あの優しげな風貌の下に眠る強烈な意思の力。愛する者に向けられる強すぎる程の執着。
生きる強さそのものとも言えるそれを、直に見てみたいと思う。

数年前まで暗闇の中でもがいていた自分が、光を目指して前に進めたように。
絶望の淵を行きつ戻りつしている八戒も、その強さで歩き出せる日が必ずくる。
そのためには、気に食わねえ奴だがあの紅い瞳の男が必要なんだろう。

三蔵は書類で散らかった机に目を戻すと、もうすぐ発つことになる長い旅のことを考えた。
危険な西への同行者として、悟空とあの二人は最適だろう。
賑やかな旅になりそうだと考えて、三蔵は大きな溜息をついた。








end




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