似た者同士
カラン、とドアベルが鳴って目を上げると、男が入ってきた。
さっと店内を見回すと奥の席に目を止めて一瞬表情を和らげると、目を逸らした俺の横を通り過ぎていく。
嫌味なく着こなした仕立てのよさそうなスーツにきれいに磨かれた靴。
件の男だと一目でわかった。
俺は舌打ちしたい気分で、目の前に置かれたコーヒーカップに手を伸ばした。
八戒の携帯に一本の電話がかかってきたのは昨夜のことだ。
ソファにもたれてテレビを眺めながら、俺は何となく八戒の言葉を聞いていた。
どうやら相手は三蔵らしい。
いつもなら気にならない電話が妙に気になったのは、声をひそめて話をする八戒がやけに嬉しそうだったからだ。
ある店の名前を書きとめて、必ず行きますと熱心に答えているのが聞こえた。
俺はピンときた。これは何かある。
八戒の気分を浮つかせ、鼻歌を歌わせるくらいの何かが。
あの時、「どーしたの?」なんてさり気なく聞けばよかったのに、何故だか俺は気づかないふりをしてしまった。
嫌な予感がした。
果てしなく嫌な予感が。
俺は八戒と三蔵の後をつけ、あいつらが奥の席に座るのを窓越しに確認してから素早くこの店に入った。
ちょうど二人の視界に入りにくそうな入り口に近い席が空いていた。
振り向いて少し身を乗り出せばあいつらが見える、おあつらえの席だ。
万一こっちを見られても髪は黒いニット帽に収めたし、いつも三蔵に派手だと顔をしかめられる服はジーンズに黒いセーターと至って地味に抑えてきた。
まず気づかれることはねえだろう。
緑があちこちに置かれた店内は、そこそこ混んでいた。
ふーん。
こんな駅前のどこにでもある喫茶店を使うなんて、官僚サマは案外庶民的じゃねえか。
てっきり高級ホテルのラウンジやバーなんか使うのかと思っていた。
物陰からコソコソ様子をうかがうなんて、なんだか刑事か探偵になった気分だ.。
奥の席では官僚サマがウエイターにコーヒーを頼んで、リラックスした様子で足を組んでいる。
一見強面で妙な威圧感があるが、八戒と三蔵に語りかける表情は生き生きとしていて、笑った顔なんか俺から見てもちょっと魅力的だった。
世間一般の官僚のイメージとは随分違う。
八戒は頬を染めて何か熱心に話しかけていた。
声は聞こえないが、色々世話になったらしいから礼を言ってるんだろう。
三蔵もあんな奴だが礼儀はわきまえているようで、深々と頭を下げていた。
以前官僚サマに会わせろと言ったら、三蔵はマジマジと俺を見てからポンと肩を叩き「やめておけ」としみじみ言いやがった。
八戒の客と会って俺が暴れると考えているのかと思ったが、今日アイツを見て何となく三蔵が言いたかったことがわかった。
俺は普段誰かと自分を比較するなんて無意味だと思っているが、官僚サマは妙にこっちの劣等感を刺激してくる。
自信に満ちた視線、堂々とした身のこなし。大人の男の雰囲気がにじみ出ているくせに、その顔には時折絶妙なタイミングで子供じみた表情が浮かぶ。
八戒が惹かれる気持ちもわからないでもない。
いや、でも、あんなジジイより絶対俺の方がいい男だぜ、八戒!
心の中で叫びながらテーブルに視線を戻す。
と、
「うわっ!」
全く気配がなかったのに目の前の席に男が座っていて、思わず声を上げちまった。
「いい席ですね」
「はあ?」
「相席、いいですか?」
答えを返す間もなく男は手を挙げてウエイターを呼ぶと、日本茶を注文した。
周りの席はかなり空いているというのに強引に向かいの席に座った男は、手垢で汚れた眼鏡をかけてボサボサの長髪。
おまけに黄土色のチェックのシャツに垢じみたジーンズ姿だった。
足元に置いた紙袋の中にはポスターらしき紙の筒が覗いている。
アキバにゴロゴロいそうな、おたく野郎とみた。
「誰?」
「誰でもいいじゃありませんか。あっ!ほら、見てください、あの人たち!」
振り向くと、八戒が野郎の手を取ってじっくりと掌を眺めているところだった。
何か考えるようにじっと目を落としてから顔を上げて、花が開いたような笑顔をみせる。
そんな可愛い顔で笑うなよ。
クッソ!何やってんだ、三蔵、やめさせろよ!
のんきにチョコパフェなんか食ってる場合か。似合わねえんだよ、てめえには!
官僚サマは身を乗り出して自分の掌を覗き込んだ。八戒は掌を指で辿りながら、何か囁いている。
手相を見ているだけとわかっているが、肩を寄せ囁き合う姿はまるで恋人同士じゃねえか?
!!
ふと見ると、目の前の男が眼鏡を取って身を乗りだし、二人を凝視していた。
水の入ったグラスを掴んだ手がブルブル震えている。
具合でも悪いのか?
って、眼鏡取るとすげえ美人じゃん!何これ、勿体ない。
顔はとびきり美人なのに、このいでたち、残念すぎる。
「へーっ、なかなか可愛い子ですねえ」
八戒のことか?
男はまるで棒読みな褒め言葉を口にしながら、表情は引きつり破壊しそうな勢いでグラスを握りしめている。
テーブルの上は水が溢れて大惨事だ。
「おい、大丈夫か、あんた?」
「あの子、手相もみるんですね。ああ、僕もみてもらいたいなあ」
もしかして…コレが官僚さまの恋人か?
っていうことは、たしか…刑事?これが?
男はユラユラと立ち上がり、奥の席へ向かおうとした。
「ちょっと待て!」
今、行ったら、俺までーーー
「ここにいたんですか、探しましたよ」
!
気がつくと、俺たちの脇にくたびれたスーツを着た若い男が立っていた。
「もう、何をしているんですか?元帥」
ゲンスイって、元帥?めずらしい名前だな。
元帥と呼ばれた美人は、チッと舌打ちをして渋々腰をおろした。
「シーっ!張り込みですよ。は・り・こ・み」
奥の席を指差して声をひそめる。
若い男は奥の席に目をやると、またかという表情でため息をついた。
「張り込む相手が違うでしょう。さあ、行きますよ」
「仕方ないですねえ」
元帥は小さくため息をつくと、今までの浮世離れした雰囲気から一転、颯爽と立ち上がり背筋を伸ばした。
「じゃあ、また。あ、そうそう、あなた!大切な人は、しっかり捕まえておいて下さいよ!」
フロアに響き渡る美声で言い放つと、元帥は部下の後を追って背を向けた。
店を出る時に振り返り、鮮やかな笑顔で手を振った。
多分俺にじゃなくて、官僚サマに向かって。
「悟浄?」
やべえ!見つかった。
恐る恐る振り向くと、八戒と三蔵が驚いた顔を並べている。
その奥で、腹を抱えて笑う官僚サマが見えた。
もしかして、とっくに俺たちに気づいていたのか?
くそ、ここの払いは、官僚サマもちだからな!
end
(2018.1.13)