林檎と初恋
目を覚ましたら、額に冷えたタオルがのっていた。
枕元にはペットボトルと体温計。
部屋の隅にはどこから持ってきたのか、加湿器が蒸気を上げている。
すぐそばで、椅子に座ったままの八戒がベッドにつっぷして眠っていた。
うわ。
これってもしかして“看病”ってやつ?
丈夫なだけが取り柄な俺は、寝込んだ記憶がほとんどない。
たまーに高熱を出しても一人で放っておかれてたから、誰かに世話をやかれるなんて初体験だ。
ずっと傍にいてくれたんだろうか。
俺のために?
熱が下がりきらなくてだるい腕を上げると、関節がギシギシ鳴る気がした。
八戒の乱れた髪にそっと触れると、小さく身動きして隠れていた顔がこっちを向いた。
初めて目にした寝顔に思わず見とれる。
眠っていてもきれいなのな、こいつ。
さっきまで見ていた夢の中で、小さなガキだった頃の俺は誰かを探していた。
苦しくて。不安で。寂しくて。
だれか。
だれかそばにいて。
そんなこと、あの頃だって思ったことなかったのに、なんで今頃…
もぞもぞと八戒が身を起こして俺を見た。
いつも気を張ってる顔をしているせいか、寝起きでぼんやりしている顔は随分子供っぽく見える。
「おはよ」
「悟浄、目が覚めたんですね。気分はどうですか?」
ふわりと笑うと、いきなり俺の額に額をくっつけてきてびっくりした。
「な、何?」
「まだ少し熱がありますね」
こんな風に熱を測るなんて初めてで、狼狽えちまう。
差し出されたペットボトルを一口含むとめちゃくちゃ美味くて、一気に飲み干した。
干からびてた体が隅々まで潤っていく感じがする。
「汗をかきましたよね。着替えましょうか」
八戒はクローゼットの中から着替えを出してくると、俺の背中を拭いてくれた。
「なんか、嬉しそうじゃね?」
「今度は僕が看病する番ですから」
「今度はって、俺、なんかしたっけ?」
「怪我の手当てをしてくれたじゃないですか」
ああ、そういえば。
古い体育倉庫でこいつを助けたのは三ヶ月くらい前かな。
学校や寮で見かけたことがあったけど、一度も話したことはなかった。
まるで正反対なタイプのこいつと、こんな風に親しくなるなんて思いもしなかった。
「お腹すいてません?」
「ちょっとすいてる」
八戒は部屋を出ていくと、5分くらいで戻ってきた。
「厨房でいただいてきました」
手にした皿の中には、すりおろした林檎が入っていた。
スプーンで掬って口に入れると、甘くてふわふわしていてめちゃくちゃ旨い。
「美味しいですか?」
「うん」
「風邪の時の定番ですよね」
「そうなんだ」
俺の言葉に八戒は何か察したかもしれないけど、素知らぬふりで聞き流してくれた。
普通の家の子供は、風邪をひいたらこんな風に看病してもらうんだろうな。
体は苦しくても、これなら寂しくないな。
「ああ、風邪ひいてよかった」
「そんなこと言ってないで、早く元気になってくださいね」
馬鹿な俺の言葉に、八戒は吹き出した。
本当はこんな風に子供らしく笑う奴だったんだな。
学校で周りに壁をめぐらせているこいつからは想像できない。
なんか、かわいいな。
そう思った瞬間、胸がドキドキ音をたて始めて一気に身体が暑くなった。
これは、まさか…コイってやつ?
「どうしました?顔が赤いですよ、悟浄」
「…また熱が上がってきたみてえ」
「え?」
オロオロする八戒に背を向けると、俺は頭まで毛布を被った。
end
(2016.12.16)