hug me







死ぬかもしれない。
その時マジでそう思った。
気をとられていたんだ。あの人の姿に。
昨夜も遅くまで眠れなかったみたいで、今朝は赤い目を隠すように眼鏡をかけていた。
風よけです、運転手ですから、なんて笑いながらハンドルに手を伸ばしたけど、明らかに二人を見ないようにしていた。
昨夜も同室だった、三蔵と悟浄を。

街を出てしばらく走ると、お決まりのように敵が現れて行く手を遮った。
大した奴等じゃないとみて特に作戦もなく、俺らは各自バラバラに闘い始めた。
5人目を如意棒で薙ぎ払った時、口笛と舌打ちが同時に聞こえた。
振り向くと、八戒がまとめて10人くらいを吹き飛ばしているところだった。
その様子を悟浄はニヤニヤしながら、三蔵は顔をしかめて眺めている。
八戒はそんな二人には構わずに、無表情に次々と襲いかかってくる敵を倒していた。
機嫌が悪いと、八戒は目茶苦茶強い。強くて冷酷できれいだ。
この一瞬の三蔵と悟浄の視線のやり取りさえ、八戒を苛立たせるんだろう。
きれいな掌から発する波動は勢いを増して、ほとんど俺らの出番がないくらいだ。

多分旅に出る前から、八戒は二人とそれぞれに関係していた。
どうしてそんなことになったのか、わからない。不道徳だとも思わない。
ただそれは八戒が生き続けるために必要で、二人の方が仕組んだことなんだと思う。
悟浄と三蔵は思いあっていて。それでも二人は互いへの思いを否定しながら、どこまでも八戒を受け止めてきた。
その優しさはきっと八戒を傷つけている。
俺はそんな三人の関係に気づかないふりで旅を続けてきた。
あいつらじゃなきゃダメなのか。俺にはあの人を救えないのか。
そんな不甲斐ない思いをいつも腹の底に抱えながら。

「バカだなぁ」
そう呟いた時、脇腹に焼けるような痛みを感じた。
「悟空っ!」
「バカ猿っ!」
腹に突き刺さったナイフから目を上げると、すぐ間近で嫌な笑いを浮かべた男が三蔵の銃弾をくらってぶっ飛んでいった。
「ヤベ…」
流れ出す血液と一緒に力が抜けていくようで、ガックリと膝を着いた俺を悟浄と八戒が支えてくれた。
二人が必死に呼ぶ声に答えたいのに声が出ない。不思議なことに痛みよりも脱力感がひどくてしかたがない。
暴力的なくらいの眠気に負けて、俺は意識を手放した。






優しい手に額を撫でられて、目が覚めた。
碧の瞳が俺をのぞきこんで微笑むのを、夢の中にいる心地で見つめる。
八戒はいつもより疲れが滲む顔をしていた。
ああ、俺のせいでまた力を使ったんだな。ごめん、八戒。

「よかった。気分はどうですか?」
「頭がグラグラして気持ち悪い…」
「貧血ですね。だいぶ出血していましたから。ごはんをたくさん食べたら直りますよ。でも、まずはお水にしましょう」
八戒は水さしからグラスに水を注ぎながら、俺を治療して急いでまた街まで戻ってきたことを教えてくれた。
「ごめん、俺のせいで逆戻りだな」
「三蔵が戻ると決めたんです。こんな怪我をするなんて悟空らしくないって、二人とも心配していますよ」
ベッドに起き上がり受け取った水を飲み干すと、少し気分がよくなった。
「何かありましたか?」
碧の瞳が気遣わしそうに俺を見ている。
「昨日あんまり眠れなかったから」
「何か心配事でもあるんですか?」
「んー、よく覚えてねえや」
八戒が眠れなかったみたいだから、なんて言えないよな。

そっと腹に触ってみると、びっくりするくらい何の痕も残っていない。
ホントにすげえ力だなと思うと、何だか急に怖くなった。
「どうしました?まだ痛みますか?」
「ぎゅっとして」
「え?」
「このまま傍にいて、ぎゅっとしてよ」
八戒は一瞬目をみはると、ふっと笑って俺の背に腕を回してくれた。
俺は温かい体に抱きついた。
小さい子供をあやすみたいにトントンと背中を叩いてくれる掌を感じながら目を閉じる。
俺はこんな風に、ガキの振りをして触れることしかできないのかな。
俺らには、どのくらい時間が残っているんだろう。
このまま目的地について、牛魔王ってラスボス倒して長安に戻るんだって思っていたけど。
死を感じたせいか、自分達が置かれている状況がやけにリアルに感じられた。
もし。
そんなこと考えたことなかったけど、もし明日。
俺が、八戒が、命を落としたら。
そう考えたら、我慢ができなかった。

「もう、いいだろ?」
「え?」
「もういいじゃん。俺にしておけよ」
「悟空?」
八戒は驚いて身を離そうとしたけれど、俺は益々腕に力をこめた。
「あいつらをどうしたいの?」
この人はこの先も、二人の間を漂うように生きるんだろうか?
三蔵も悟浄も、本当は八戒を一番になんか思ってないのに。
一体こいつらは、何を思ってこんな行き場のない関係を続けているんだろう?
俺なら、もっと。
もっとこの人を…

「俺は八戒がすきだよ」
腕の中の八戒は動きを止めた。
しばらく黙ったまま息を潜めてから、ふと力を抜いたのがわかった。
「ありがとうございます、悟空。でも、あなたじゃだめなんです」
八戒は宥めるように俺の背を撫でると、ゆっくりと俺の腕を外した。
なんでだろ?
残酷なことを口にしているくせに、八戒はすごくきれいに笑っていた。
「これでもぼくは幸せなんですよ。あの人たちが好きで、でも手に入らなくて。それでも好きで、好きで、好きで。
このまま息が止まってしまうと思うほど好きなのに、あの人たちは決して僕を見ない。悲しくて妬ましくて。でも、こんなにも焦がれる自分を誇らしく思うんです」
八戒の口調は熱を帯びて、瞳は濡れているように輝いていた。
「これは…この痛みは、僕の罰であり歓びなんです」
「歓び?」
「僕の愛する二人が思いあっているんですから」
「そんな…」
自分に思いが向けられなくても構わないってことなのか?
「僕は幸せですから、心配しないで。悟空はもっといい人を見つけてください」
俺を見つめる瞳は泣きたくなるくらい優しくて、俺が入る隙間なんか微塵もないのだと思い知らされる。
でも。

「俺も、もう幸せだよ」
ああ、そうだ。
俺はこの人が好きで。
好きで好きでたまらない。
暗い情念と激しさを潜ませて、穏やかに微笑む八戒のことを大切に思っている。
この人が満ち足りているなら、それでいい。この胸は痛み続けるだろうけど。
俺はいつかこの人を、あいつらごと受け止められるようになる。

「俺ができることってないのかな?」
「悟空…」
八戒は困ったように眉尻を下げて笑った。
「じゃあこれからも、時々ぎゅっとしてくれますか?」
「こうやって?」
今度は俺から抱き締めると、八戒は子供のようにしがみついた。







end





(2017.7.5)





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