晩秋




この季節の夕暮れは早い。
斜めに落ちる日差しの中、三蔵は落ち葉の重なった道を進んでいく。
僕は少し遅れて、白い背中を追っていた。
二人の足元で、枯葉が小さく音をたてる。

早めに今夜の野営地を決めて、僕らは水場を探しに出た。
少し散歩をしませんかとポリタンクを手に誘ったら、三蔵は面倒そうな顔をしながらもつきあってくれた。
悟浄と悟空は食糧調達をかってでてくれた。
今頃は森の中を走り回っているだろう。

三蔵は突然左手の藪の中へ入っていった。
足元を苦にすることなく勾配を下り、迷うことなく進んでいく。
少し開けた場所まで出ると、満足そうな顔で振り返った。
「さすがですね」
「水場はなんとなくわかる」
目の前には小さな川が流れていた。
しゃがみこんで水を汲む僕を、三蔵は煙草を吸いながら眺めている。
「つきあって下さってありがとうございます」
「相変わらず人づかいが荒えな」
言葉ほど不機嫌ではない様子に微笑みで返すと、三蔵は小さく舌打ちして目をそらした。
普段僕らのことを、下僕だ何だと言うくせに。
盾になれと言われたことはあるけれど、それほど無理を言われたことは、実はない。

きれいな人。稀有な人。
この人に、僕は一生勝てない。追いつくことすらできないのだろう。
ならばいっそ支配してほしいと思う。
頭の中を全てこの人で塗り込めて、何も考えられないほどに心酔して。
何もかも忘れさせてくれるなら、僕は喜んで隷属するだろう。
三蔵が願うなら、僕は何でもする。
例えば命を差し出せというのなら―

でもこの人は、そんな甘えを許さない。
楽な道を選ぶなと、常にその行動で語りかけてくる。
口では文句を言いながらも、三蔵としての職務に忠実だ。
その大役を譲り渡してくれた人の信頼に応えたいのだろう。
今でも最愛の人であるその人が、僕は羨ましい。

川が流れる音は途切れることなく続いている。
三蔵はぼんやりと流れに目をやりながら口を開いた。
「昔、ある僧侶が川で捨てられた赤ん坊を拾ったそうだ。そのガキは成長して、なぜか水場がわかるようになった」
放浪していた頃はそれで随分助かった、と自嘲気に続けた。
小さな命を救った人が、この人を“三蔵”にした人なんだろうか。
「悔しいです」
「あ?」
「可愛らしいあなたを独占してらしたんでしょう?僕もあなたを抱っこしたかった」
「気色悪いこと言うな」
少し拗ねてみせると、三蔵は困ったように眉をひそめた。
「昔の話だ。それに…」
力強い腕が伸びてきて、きつく抱き寄せられる。
「いつもこうしているだろうが」
「そうですね」
滅多に聞けないやわらかい声に、僕は目を閉じてまわした腕に力をこめた。

愛された幸せな記憶も胸を抉る辛い記憶も、目の前の人に巡り会うための必然だったのだと考えてしまうほどに、この人を愛しく思う。
この人を育み作り上げた人に、心から感謝します。

気がつけば太陽は姿を消し、空気が冷たくなっていた。
夜が漂い始める中、僕らはそっとキスをした。




end



キスだけですむのか…。
お誕生日おめでとうございます。


(2016.11.29)




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