雨の夜には






微かな気配にドアを開けると、八戒が立っていた。
いつもの微笑みはなりを潜め、あやふやな表情で俺を見ながらも心はどこかへ彷徨っている。

雨の夜は特別だ。
ドアの外に佇む男を、雨だからという理由でこの腕に抱きしめられる。

ベッドに誘い抱きしめると、触れ合った胸から八戒の鼓動が伝わってくる。
生きている者の温かさを直に感じると、不思議なくらいホッとする。
少し腕の力を強めると、八戒はゆっくりと力を抜いてもたれかかってきた。
その重みの分だけ心を許してくれてる気がして嬉しくなる。
もちろん何をするわけじゃねえけど。
不思議なことに女の柔らかさとはかけ離れた骨と筋肉ばかりの体なのに、腕の中の八戒はまるであつらえたようにしっくりくる。
眠気に包まれくったりと力をなくした身体と一緒に横たわると、やがて耳元に聞こえてくる穏やかな寝息になんだか幸せな気分になって。
俺はその思いが消えないうちに、眠りにつこうと目を閉じる。

それは雨の夜に許された、特別な時間。


何度かそんな夜があって、ある時、はたと気がついた。
この家に来る前にも雨の夜があったはずだ。
こいつはどうやってやり過ごしてきたんだろう?
あの薄ら寒い寺の部屋で、一人怯えていたんだろうか。

いつもみたいに俺にもたれてぼんやりしている八戒に尋ねると、意外にしっかりした口調で答えが返ってきた。
「ちっとも心細くありませんでしたよ。悟空と三蔵が一緒にいてくれましたから」
「え?」
あいつらが?
「悟空は一緒に寝てくれましたし」
何い?
「でもあっという間に眠ってしまって」
八戒は思い出したようにクスクス笑った。
「かなり大きな鼾で驚きました。でも大きな動物と一緒に寝ているみたいで、暖かくて安心しました」
サルが俺より先に添い寝していたとは!
「三蔵は…」
八戒は何故か躊躇うように間を置くと、色っぽく目を細めて微笑んだ。
「般若心経を唱えてくれました」
「は?はんにゃ…?」
「色々な思いが頭に浮かんできて眠れないと言ったら、一緒に寝てくれて」
三蔵もか!
「僕が眠るまで耳元で般若心経を聞かせてくれました」
くそっ、あの生臭坊主!
「何度も聞かせてくれたので、僕もすっかり覚えてしまいましたよ」
聞かせてあげましょうか?と八戒は小首を傾げた。
覚えちゃうくらい何度も一緒に過ごしたわけね。

「そりゃあ、負けてらんねえな」
「え?」
無邪気に見返す八戒を抱きしめて、耳元で囁いた。
「俺は口説いちゃおっかな」
「それじゃ、ますます眠れないじゃないですか」
八戒は赤い顔を隠すように、俺の肩に顔を押し付けた。


明日も明後日も、雨が降ればいいと思う。







end



実は八の誘い受。

(2015.11.9)




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