One night




数日間の野宿を乗りきった僕らは、ヨレヨレの体で小さな街にたどり着いた。
運よく居心地のいい宿にニ部屋を取り、思う存分食べて旅の垢を落としあとは眠りを貪るだけという状態で一室に集まった僕らの中に、不機嫌顔が約一名。
夕飯の餃子は旨かった、もう少しニンニクが効いていた方が俺は好きだけど、じゃあ今度作りましょうか?、などと和やかに団欒をしている中、
殺気と呼べそうな空気をまといながら部屋を出ていった三蔵を見送って、僕らは顔を見合せた。
手荒く閉まったドアに向かって煙を吐き出し、悟浄が肩をすくめる。
「あー、あれは相当だな」
「相当だね」
悟空がスナック菓子を食べながら頷いた。食後だというのにいつもながらその食欲には感心してしまう。
「レベル4くらいかな?」
「なんです、そのレベルって?」
「さんぞー様の不機嫌メーター」
二人は顔を見合わせて含み笑った。
「5がマックスとすると、今は4くらいだな」
「どういう基準なんですか?」
「1は煙草が倍になるだろ。2は俺への小言とハリセンがめちゃくちゃ増える」
悟空が指を折りながら説明する。
「3は俺への罵詈雑言および発砲が激増しやがるだろ」
悟浄は大袈裟に顔をしかめて見せた。
「4は?」
「お前にも口をきかねえ」
「なるほど」
確かに昨日から三蔵と一言も口をきいていない。
何か尋ねても、ぞんざいに頷くだけでこちらの顔を見もしない。
かなり疲れがたまっているのだろう。それは僕らだって同様なのだけれど、考えてみれば当然なのだ。
いくら最高僧だ破戒僧だ生臭だと言っても、彼だけが生身の人間なのだから。
今度の野宿は何日続いただろう。7日、いや8日だったか。その間連日妖怪の襲撃を受け、数日前には怪我も負っていた。
頑なに手当させてはくれなかったけれど。それほど深い傷ではないようだったから、僕も無理に治療はしなかった。
あの人の意地やプライドや、諸々の思いを押さえつけてまででしゃばる勇気が僕にはない。
もちろん生死に関わる時は、有無を言わせないのだけれど。

「俺も猿も体を張って、あいつの不機嫌に付き合ってやってるわけ。だから次はお前の番な」
悟浄は親指でドアを指した。
「確か今夜は悟空が三蔵と同室って言ってましたよね」
「俺、朝まであの沈黙に耐える自信がない」
悟空が芝居がかった様子で祈るように胸の前で手を組み合わせ、お願いのポーズをしてみせる。
「仕方ありませんね」
確かにあの三蔵に付き合わせるのは可哀想だ。
「お前ならなんとかなるって」
無責任にへらりと笑う悟浄を睨み付けて立ち上がる。
「レベル5かもしれませんよ」
最悪に機嫌が悪い時、あの人は誰も傍に寄せ付けない。
それは疲れや体調といったことではなく、多分内面的な所に原因があるのだろう。
身の内に抱える何かに向きあう時、どれほど厳しくそして痛みに耐える表情をしているか、多分三蔵自身は知らないのだろう。
あの人の背負うものの大きさは計り知れなくて、その苦悩の深さを思うと胸が痛くなる。
分けあうことができるのなら、幾らでも一緒に背負いたいのだけれど。

今回は追い出されるかもしれないなぁと考えながら、笑顔で小さく手を振る二人を残して部屋を出た。



隣の部屋のドアをノックしても応えはない。
なるべく音をたてないようにドアを開けて中に滑り込んだ。
開け放した窓から差し込む月の光で、室内は思いの外明るかった。
まるで水槽の中のような青い光に照らされながら、三蔵はベッドの上で背を向けて横たわっている。

「三蔵」
そっと声をかけても応えはない。
眠っているわけではないことは、息遣いから感じられた。
触れることを拒むような無言の背中に威圧感を覚えて、思わず足がすくむ。
これはレベル4どころじゃないかもしれない。
それでも具合が悪いのなら、放ってはおけない。
やはりあの時無理にでも治療しておけばよかったという苦い思いに苛まれながら近づいた。

「何か僕にできることは、ありますか」
煩せえという応えを覚悟で尋ねてみた。
「遅ぇ…」
「は?」
「いつまで待たせる気だ」
「わっ!」
こっちを向いたと思った途端、強く腕を引かれてベッドの上に倒れこんだ。
熱い腕に絡めとられ、唇を奪われる。息もつけない程激しい口づけに、一気に体が熱を帯びた。
シャツの裾から入り込んだ指が触れた場所から、馴染んだ感覚がじわじわと僕を満たそうとする。
「ち、ちょっと待って下さい!」
「何だ?」
「口もきいてくれない程疲れているんじゃないんですか?」
レベル4は?不機嫌メーターは?
「別に」
「目も合わせてくれなかったじゃないですか!」
「合った瞬間、あいつらの前で押し倒されたくねえだろう?」
恥ずかし気もなく、なんていうことを言うんだ、この人は。
「け、怪我の具合は?」
「とっくに治った」
シャツのボタンを外してみせた肩の傷口は薄く皮がかかり肉が盛り上がってきている。
それでも動けばまだ痛みはあるはずだ。
「痛みますよね?」
「必要ねえ」
傷口にかざした手を払われた。
今すぐ、なかったように治すことができるのに拒むのだ。
もう十分傷だらけのこの人に、僅かの傷でも残したくない僕の思いも知らないで。
頑固じじい、と胸の中で毒づきながら、傷口をそっと舐めてやる。
息をのむ気配に続いて優しい指が僕の髪をすく。しばらく無心に続けていると緩く髪を引かれた。
「満足か?」
「まだです」
さらに下の方に舌を這わせると、三蔵は笑いながら僕を引き寄せ先ほどの続きに取りかかった。

一体どういう訳でこんな西の果ての小さな宿のベッドの上で、この人と抱き合い聞くに耐えない声を上げているんだろうとか。
何で嫌悪も疑問も抱かずに、全てを明け渡すような行為を自ら求めているんだろうとか。
抱き合うたびに頭をかすめる様々な思いの答えを口にすることは、多分この先もないけれど。
それでもどれ程この人を大切に思っているか、わかって欲しいと思う。
僕らは自身のために生きている。それは自明のことだ。
その上で、悟浄も悟空もあなたを選んだことを、どうか忘れないで。


嵐のような時が過ぎると、心地よい疲れと眠気がやってきた。
穏やかな腕に抱きしめられて、この数日自分がどれだけ疲れていたのか気がついた。
この温もりに癒されているのは僕だ。
もしかして。
この人の不機嫌もあの二人の計らいも、僕のためだったんだろうか。

「なんだか悔しいなあ」
「考えすぎだ」

こんな夜があと幾つ許されているのかわからないけれど。
だからこそ、僕らはきつく指を絡め、笑い合って目を閉じた。






end



みんな三蔵のことが大好き、という話を書きたかったのですが、
またバカップル話になってました。


(2014.9.1〜2015.2.14 拍手ss)





←novel