spiral




冗談じゃねえ。
小さなバーの片隅で、悟浄と膝と膝が触れ合うほどの近さで座り酒を飲んでいる状況に、思わず舌打ちした。
俺のあからさまな態度に堪える様子もなく、むしろ面白がっているように悟浄は目を細めて煙を吐き出す。

何を話したらいいのかわからねえ。
目が合うと何かとんでもないことを口にしそうで、頬杖をついて壁の古ぼけたポスターをにらみ付けた。

二人きりになるとやけに饒舌になる男が、今夜はほとんど喋らない。
物言いたげな八戒と満腹であくびを連発していた悟空を部屋に残して出かけてきたのは、ただ久しぶりの街で一人になりたかっただけなのに。
煙草屋の前でこいつとばったり会って、なかば強引に飲みに誘われた。
喉も乾いていたし一人で飲むよりはマシかと考えて、この小さな店に入ったのは少し前のこと。
狭い店内は見る間に混んできて、どんどん奥に追いやられた俺たちは隅の忘れられたような席でボトルを前にグラスを傾けている。

ポスターも見飽きて視線を戻せば、グラスに琥珀色の液体を注ぐ悟浄の指の動きに目がいった。
力仕事をこなしながら、器用にカードも操る長い指。
この指は、どんな風にあいつの上を辿るのか。
少し酔ってきた頭で考えた。
悟浄は勝手に注いだ俺のグラスに、自分のそれを小さく合わせた。

「三蔵さま、たんじょーびだって?」
「そうなのか?」
システム手帳を繰るあいつの姿が目に浮かぶ。
「どうでもいい」
「あっそ」

その時気が付いた。
だから、こいつがココにいるのか。

ふ、と悟浄が頬にかかる髪をかきあげた。
その首筋にはっきりと残る痕に目が行って、思わず苦笑いがでた。
ことさら目立つ場所にマーキングしてから寄越すとは、あいつ特有の嫌がらせか冗談か、はたまた自信のなさの表れか。
「お前ら、つくづく面倒くせえな。」
ため息まじりに吐き出せば、悟浄はなんのことかというように首を傾げた後にニッと笑った。
「お前ら、じゃなくて、“俺ら”だろ。てめえ一人で傍観者気取るつもりかよ?」
一体いつからそうなった。
「俺を巻き込むな」
「もう遅いって」
悟浄はやけに優しい瞳で微笑んだ。
俺はとうの昔に傍観者でいることを選んだはずだった。
一体いつ、こいつらの作り出す不毛な渦に巻き込まれたというのか。

ああでも、こうやって真紅の瞳から目が離せないってことは、もう、そういうことなのか。

「!」
思わず息をのんだ。
膝と膝が触れている。ただそれだけなのに、痺れたように動けねえ。
悟浄は何事もないように話し続ける。
「あいつ、今夜は盛大に酒盛りするつもりだったみてえだけど、お前が気分じゃなさそうだからやめておいたんだと。相変わらず愛されてるねえ」
喉が締め付けられるような息苦しさに息をはいた瞬間、長い指が俺の左手の甲を撫でた。
その指先は意外なほど冷たい。
悟浄は視線を合わせたまま、やけに官能的に笑った。
やめてくれ。
俺は…

「オメデト」
「ああ」
「この店の上に…」

耳元で低く囁く声を聞きながら目を閉じた。
目の奥に焼付いた赤が回り出して、苦い笑いが込み上げる。
何を考えていやがる、八戒。
俺を試してんなら、吠え面かかせてやってもいい。
マジでこんな真似してんなら、てめえ一人で渦を抜けようなんて考えてんなら許さねえ。
こんなにハマっちまった俺を残して。


冷たい指先が、やがて俺の思考を奪っていった。






end






(2013.11.29)





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