夏みかん
“ほら”
日に焼けた顔で笑いながら、悟浄は目一杯膨らんだリュックを押し付けてきた。
思いがけない重さに取り落としそうになったリュックの口から、ごろごろと夏みかんが転がり出る。
“どうしたんですか?これ”
しばらく帰れないと言って出かけて行ったのは、10日ほど前のことだ。
疲れ果てたといったていでソファの上に倒れ込んだ悟浄からは、いつもの煙草に混ざって乾いた日差しの匂いがする。
“さみしかった?”
悟浄がニヤニヤしながら、上目遣いで尋ねる。
“全然。部屋の空気がきれいで快適でしたよ”
なんて、嘘です。
寂しいというか、調子が狂うというか。
たとえ言葉をかわさなくても目の前にいなくても、いつも感じていた悟浄の気配が突然なくなってしまい、僕は訳もなくうろうろしたり皿を割ってしまったり。
たった10日というのに、このザマはなんだろう。
この家で居候を始めた頃は、一緒にいることが気まずいことも度々あったのに。
“わりぃ、わりぃ。賭けに負けて、ダチのダチがやってるっつう畑を手伝う羽目になってさ。こんなに長く拉致られるとは思ってなかったぜ”
日焼けした顔で笑う悟浄に、ちょっと見惚れてしまった。
多分気づかれてない、と思う。
普段夜に紛れるように生きているけれど、本当は土や日差しや青い空、乾いた風が似合う人なのだ。
雨の夜に泥の中で見上げた時から、僕はそのことを知っていた気がする。
“あなたが汗を流して収穫した、貴重な夏みかんなんですね”
手に取った果実は、ずっしりとしてみずみずしい。
“三蔵たちにもお裾分けしましょう”
“おう、酸っぱいけど美味いぜ”
“食べ切れない分はジャムにしましょう。この量なら一年分できますよ”
ナイフを入れた瞬間広がる爽やかな香りを、僕は思い切り吸い込んだ。
end
(2021.11.9〜2022.3.8 拍手ss)