snowflakes








まるで桜のようだと思った。
ひらひらと飽きることなく天から落ちてくる白い欠片。

こんな風に舞い降りる花びらの中、誰かと肩を並べて佇んでいたことがあったように思う。
ひどく満たされた心地で、ただ舞い降る白い欠片を眺めていたことが。
あれはいつのことだったのか。
桜など春が来る度に目にしたし、散る様も何度も眺めたことがある。数年の間滞在したあの寺にも、見事な桜の木があった。
あいつらの家へ足を運ぶようになってからは、花見などもしたことがある。
町はずれの堤で賑やかに飲み食いしたり、あるいは林の奥の古木の下で、花びらに埋もれながら昼寝をしたことも。

だが今日の雪が思い出させるのは、そんな桜ではない気がする。
もっと昔の、古い記憶。胸を締め付けられるような懐かしさと微かな哀しみ。
だがいくら記憶を辿っても何も見つけることはできなくて、そんなものがあるはずはないと小さく笑い、三蔵は雪の中ではしゃぐ仲間に目をやった。

春の足音が聞こえてきてもおかしくないこの時期に降る雪を、名残りの雪というらしい。
降り続く雪のせいで、小さな村に足止めを食って二日になる。
降りは随分和らいできたから、明日には出立できるだろう。
そう告げると馬鹿共は二日間缶詰になってクダを巻いていた部屋から飛び出して、雪遊びを始めたのだ。
八戒までもが白いコートを雪だらけにして、雪合戦に興じている。
数多の妖怪どもから恐怖されるという三蔵一行も、全くただのガキの集まりだ。
まあ、所詮そんなもんだと考えながら、三蔵は煙を吐き出した。


真っ白い雪に紅い髪が揺れる様を追いながら、三蔵は目を細めた。
ああ、きれいだ。と素直に思う。
いつも殊更目をひくあの色を追わないように気をつけているが、こんなに降るなら気付かれないだろう。
いや、今更誰に気付かれようが、どうでもいいことか。どうせこの手で触れることなどできないのだから。

思い思いに雪玉を投げあっていた三人は、お約束のように、悟浄対八戒、悟空チームに分かれてバトルを始めた。
馬鹿力で大きな雪玉をこしらえて二人目掛けて投げ付けた悟浄が優勢だったのは一瞬で、あとは次々と雪玉を作り続ける八戒と、それを投げ続ける悟空の息の合った作戦にやられっぱなしだ。
無邪気な悟空の笑顔を見つめる八戒の柔らかいまなざしと、悔しがりながらもこの瞬間を心底楽しむ悟浄の笑顔。
それはこの時間が、ここ数日の退屈に倦んでいささか荒れていた悟空の気持ちを慰めるためのものなのだと語っている。
本当によく気のつく奴等だ。
そう思いながら眺めれば、やはりあいつらは随分と似合いなものだと三蔵は考えた。
数年間共に暮らした者同士の親密さと素っ気なさがないまぜになった関係をこれからも自分が手にすることはないだろう。
仄かに感じる寂しさと苦い思いを、煙と一緒に吐き出した時だった。
まるで三蔵の視線を牽制するように、八戒が悟浄の側に寄って行った。
雪の上に座り込んだ悟浄に手を貸して引っ張り上げると、顔を寄せ言葉を交わし笑い合う。
その様に、三蔵は思わず苦笑いした。


わかっているさ、安心しろ。
生きている間は、おまえに譲ってやる。今更どうしようもねえだろ。
だから俺が死んだら、桜の木の下に埋めろ。おまえらの家の裏にある、あの古い桜がいい。
そしていつかアイツの番がきたら、同じ場所に埋めてくれ。
死んでからくらいいいだろう。
欲深なお前だから、“そんなこと、絶対にごめんです。”と言い張るのだろうけど。
俺は知っている。
壮絶に嫌な顔をして悪態つきながらも、お前はそうしてくれるだろう。

よく似た痛みと絶望とその先に仄暗く灯る希望と。
それでも消せない淀みを抱えたまま生きるしかない男。
自分たちは、同じ奴に惹かれるほどに、根っから気が合うんだろう。

もしお前が先に抜けたら―。いや、しぶといお前にそんな日がくるなんてことないだろうが。
万が一そんな日がきたならば、同じようにしてやるから。
俺たち二人が先立ったらって?
そしたらアイツに預けるさ。
きっと何も言わずに望みを叶えてくれるだろうよ。




「泣いているのですか。」

気がつくと八戒が目の前に立っていた。
まるで自分が傷ついたような瞳で三蔵を見つめ、唇を震わせる。その表情に反して、雪遊びのせいで子供のように上気した頬がアンバランスで笑ってしまう。
「馬鹿野郎。これは雪だ。」
三蔵は殊更ぶっきらぼうに返して濡れた頬を袖口で拭った。
八戒は何か言いたげな眼差しを向けてから、ふっと視線をそらした。
「なんだ、つまらない。」
拗ねたように呟いてしゃがみ込む。
足下の柔らかい雪を集めてはギュッと力をこめて次々と雪玉をこしらえ始めた。
「三蔵も一緒にやりませんか?」
「面倒くせぇし寒いだろ。」
「あなたを餌食にしようと、あの人たちが待っているんですよ。日頃の恨みを晴らすいい機会ですからねえ。」
冗談めかした笑顔で立ち上がると、手にした雪玉を三蔵に押し付ける。
「今度は僕とあなたがチームです。相手は体力勝負でしょうから、こちらは頭を使いましょう」
「おい、まだやるとは言ってねえぞ」
「ぼくが囮になりますから、あなたは後ろから、あの紅い頭に思いっきり当てちゃってくださいね」
強引な笑顔に三蔵は大きなため息で応えた。

「てめぇが一番しぶとそうだな。」
三蔵の言葉に驚いたように瞠った碧は、次の瞬間きれいに笑った。
「僕は生き残りますから、安心してください。」
きっぱりと、まるで誓いのような言葉を残すと、八戒は雪玉を手に駆け出した。





end





モテモテ悟浄。


(2013.4.1)