kiss me
慣れない煙草の匂いに包まれて目が覚めた。
ゆっくりと覚醒していく意識に力のない息をはきながら瞳を開くと、朝日を浴びて光り輝く金の髪が目に入る。
まぶしさに思わず目を閉じて、抵抗するように少しの間目をつぶってからもう一度そっと瞼を開けた。
息を潜めて、目の前の人の寝顔を見つめる。
通った鼻筋に形のよい唇。白い頬にきれいな形の眉と目元。
どこをとっても整っているその顔は、長いまつ毛の下の瞳が見えないせいで、なんだかとても無防備に見える。
窓から差し込む朝の光が、金の髪の上でキラキラと踊っている。
僕はその息をのむほどに美しい造作とそこに浮かぶ年相応の表情を十分に堪能してから、そっと身を起こした。
部屋を見回すとくらりと視界が揺れて、僕は動きを止めた。
身体の奥に覚えた鈍い痛みが嫌でも昨夜の行為を思い出させる。
さっきまで感じていた柔らかい想いと体の熱が急速に退いていき、かわりに苦い思いが満ちてくる。
乱雑に床に脱ぎ捨てられた白い着物。ベッドの傍に無造作に投げ出された自分のシャツ。
ぼんやりとそれらを眺めていると、思わず小さなため息が口をついた。
この人と抱き合った後は、いつもこうだ。
また甘えてしまった。また縋ってしまった。
また、穢してしまった。
差し込む光の加減と空気の冷たさから、まだ相当早い時間と分かった。
とはいえ朝の早いこの寺は、すでに動きだしているだろう。
早く帰らなければ。
この姿を見咎めて、またこの人に苦言を呈する人がいるかもしれない。
口にせぬまでもよい感情を抱かれていないことは充分理解しているし、当然のことだと思っている。
誰からも畏怖され尊敬されるべきこの人を穢す自分を、誰よりも僕自身が疎ましいと思っているから。
身動きもしないで眠る三蔵の額に金の髪が一房かかっている。
手を伸ばし触れてみたいという衝動に苦笑しながら、僕はベッドから抜け出した。
この人が起きるまで、まだ一時はあるだろう。
その間に、姿を消さなければ。
その時、後ろから腕を掴まれて息をのんだ。
振り返ると紫の瞳がまっすぐに向けられている。
清々しい朝の光に不似合いなその鋭さに、僕は震えた。
「あ…」
身を起こした三蔵は、捉えたままの僕の腕を引き寄せて手首に残る痕に目を落とした。
「あの…さんぞう?」
取り返そうとした腕はびくともしない。
昨夜行為の最中に縛られて最後まで解かれることのなかった腰紐が、ベッドの足元に落ちているのが目に入った。
抗う仕草を見せる僕を、三蔵は度々拘束する。
酷薄気に笑い、僅かに残った羞恥心さえ許さないという風を装いながら、僕に言い訳を与えてくれる。
なんてやさしい人。
いつもより少し酷く残ってしまった痕に、ああまた悟浄にしかられてしまう、と考えていると、いきなり赤く傷ついた場所を舐められて息をのんだ。
傷痕をたどるようにぐるりと舌を這わされて、身体が震える。
「三蔵…朝ですよ」
「ああ」
チリチリした痛みは徐々に快感にかわり、胸を苦しくさせる。
「お勤めが始まりますよ」
「そんなもん…ほっとけ」
手首から指の先へと辿った舌は、僕の指を一本ずつ舐め、咥えてゆく。
「ダメですよ…三蔵…っ」
獣のように舐め、歯を立てられて、僕は拒絶の言葉を口にしながらもそのきれいな顔に見惚れてしまう。
よく知る感覚へ流れてゆこうとする自分の身体に怖くなって、僕は無理矢理右手を取り戻してベッドから離れた。
「もう…帰ります」
不機嫌そうに目を細めて、三蔵がゆっくりと立ち上がる。
近づいてくる三蔵の鋭い視線に、思うように足が動かない。
僕は不格好に後ずさりして、偶然手が触れた冷たいノブを回した。
追い込まれるように浴室に逃げ込んだ僕に続いて、三蔵が入ってくる。
寺らしい質素な洗面台と簡易なシャワーがあるだけの狭い場所で、固い壁に身体を押し付けられて抱きしめられた。
「こんな冷てえ身体に不景気な顔貼り付けたままで、帰れると思ってんのか?」
壁にかかった鏡には、三蔵のきれいな金の髪と、青ざめて亡霊のような顔をした僕が映っていた。
「ダメです…これ以上、あなたを…」
汚したくない、と呟くと、三蔵は怒りを浮かべた瞳で僕の顎を捉えた。
「勝手なこと言ってんじゃねえ」
「!」
貪るように深く口づけられて、息ができない。
押しのけようとする手を捉えられ、壁に強く縫い付けられる。
「ん…っ…」
首筋に移動した三蔵は、かみつくように口づけて何度も舐めあげた。
ゆっくりと胸の尖りから脇腹、臍の周囲、傷痕まで辿った唇は、戸惑いと罪悪感に中途半場に立ち上がった僕自身を包み込んだ。
「や…あ…あっ…」
熱い口内に含まれて背筋を強い刺激が走り抜け、ガクガクと脚が震えて崩れ落ちそうになる。
僕は背にした冷たい壁に、後ろ手で必死に爪をたてしがみついた。
この高貴な人が膝まづき、自分のものを咥えている。
腰のあたりで揺れている金の髪を見下ろしながら、僕は沸騰する頭で震える息をついた。
昨夜存分に注ぎ込まれたものを探るように、後ろに指を這わされる。
悦んで迎え入れようとする淫乱な身体に涙をこぼしながら、僕はそれを飲み込んだ。
「あぁ…あん…っ」
すぐに二本、三本と増やされて、同時に前も歯を立てられ、身悶えしながら金の髪にしがみつく。
「…さんぞ、う…」
もう何も考えられなくて、ただ身体中にくすぶる熱を吐き出したくて、必死に名前を呼んだ。
よく知る場所を執拗に刺激される。
あと少しという所で、たちきった前をいきなり解放されて、僕は悲鳴を上げた。
「…ど、うして…っ」
無言で身を返され、強く腰を引き寄せられる。
縋るものを求めて冷たい鏡に手をついた瞬間、一気に貫かれて僕は達してしまった。
「あ…あっ」
ずるずると力が抜ける身体を、三蔵は許さないというように強く抱きしめ、奥へとその熱いものを突き立てる。
「…もう、…やっ」
息を切らしながらただ受け入れていた身体は、じきに内側の刺激に悦ぶように立ち上がり始めた。
苦しさにうつむく顔を捉えられ、無理に視線を鏡に向けられる。
淫らな感覚に翻弄されながら、それでも必死に目を向けないようにしていた場所には、身体中に昨夜の痕をまといながら呆けたように瞳を潤ませげ喘ぐ自分がいた。
目をそむけたくなるような姿に、涙がぼろぼろこぼれ落ちる。
「よく見ろ。だれが汚れてるって?」
せめて声を上げまいと唇をかむ僕の耳元にささやくと、三蔵は耳の中に舌を入れて舐めまわした。
「…あっ…」
いったん抜いてさらに奥へと差し込まれる感覚に、身体が震える。
「俺もお前も、こんなことで汚れたりなんてしねえんだよ」
鏡に縋り首を振る僕の奥をさらに抉るように突いたあと、ゆっくりと抜いてゆく。
引き留めるようにまとわりつく自分の身体を感じて、さらに涙がこぼれる。
受け止めることのない鏡に爪をたてる僕の掌に、三蔵の掌が重なった。
同時に涙を流す僕自身を、きれいな掌が強く包み込む。
「ココに来るなら、いい加減に腹決めろ、八戒」
三蔵はひどく優しい声でささやくと、僕を真っ白な世界に突き落とした。
真っ白に洗いあがったシーツを庭先の竿に広げていると、ふわりと慣れた匂いが鼻先をかすめた。
目を上げると、赤い髪をまぶしい光に揺らしながら、悟浄が歩いてくる。
「タダイマ」
「おかえりなさい、悟浄…いいお天気になりましたね」
「ああ、…雨、止んだのな」
朝の透明な光は昼の柔らかな日差しに変わって、僕の肩に降り注いでいる。
「昨夜はどうでした?」
「もうツキまくりでさあ、オレ様の一人勝ち。勝利の女神もメロメロって感じぃ?」
そう言って笑いながら、悟浄は僕の手を取った。
手首に注がれる視線に胸が音をたてる。
少し眉をひそめた悟浄は、まるで聖い痕であるかのようにうやうやしくキスを落とした。
あの人と悟浄を繋ぐ、傷痕に。
「寂しかった?」
ふ、と目元を柔らかくして、悟浄は笑った。
「ええ、とっても」
でもきっとあの人は、もっと寂しい。
こんな風にあなたに触れてもらえないから。
悟浄はペロリと傷を舐めて、ニッと笑った。
「ハラ減った。なんかある?」
「炒飯でも作りましょうか?」
「いいねえ。ネギたくさん入れてな」
「はいはい」
あなたが僕を拾わなければ、あの人が僕を掬わなければ、別の未来があったのだろうに。
それでも僕は、この場所で生きていく。
せめて、あなたとあの人を繋ぐものになりたいと願いながら。
end
カレーと炒飯で迷いましたが誘惑に抗えず。
(2012.3.16)