あの人のすきなもの・夏



長安の目抜き通りから二筋程奥に入った所に、楽園があった。


突き刺さるような日差しとうだるような暑さに加えて蝉の合唱が降り注ぐ真夏の昼下がり。
僕らは小さな甘味処の小さな椅子に座り、小さな机を挟んで向かい合っていた。
三蔵は風流な手書きのメニューを片手に、さっきから難しい顔をしている。
緩やかに冷房を入れている店内は、ドア一枚隔てた外の暑さが嘘のように快適で、まるで楽園のようだ。
客は僕らのほかに二組だけ。女学生らしい二人連れは食後のお喋りに花を咲かせ、中年の女性の二人連れは熱いお茶といそべ餅を前に静かに話を楽しんでいる。
男同士なのは、もちろん僕らだけだ。
時折三蔵と悟空への手土産を求めに立ち寄るこの金天堂という和菓子屋は、小さな喫茶室も併設している。
いつも数人の女性客が店の外まで列を作っているこの店が、こんなに空いているのはめずらしいんじゃないだろうか。
さすがにこんなに暑い日には、外を出歩く人は少ないのかもしれない。

今日は朝から三蔵の供をして近隣の寺へ出かけていた。
三蔵様のご威光にあやかりたいと願う寺の僧侶たちに引き止められて思っていたより帰りが遅くなってしまった僕らは、ちょうど長安の目抜き通りまで戻ってきたところだった。
修行の賜物だろうか。この人は、炎天下の徒歩での行程にも涼しい顔をしていた。
僕も暑さには強いほうだと思っていたけれど、やはり三蔵には敵わない。
少し喉が渇いたなと思って額の汗を拭っていると、突然三蔵が“何か飲むか”と言って立ち止まった。
もしかしたら我慢していたのかな。それとも僕のことを気遣ってくれたのだろうか?
ちょっと嬉しくなりながらちょうど近くまできていたこの店を思い出し、いそいそと案内してきたのだった。
三蔵好みの和菓子を商うこの店なら、間違いはないだろうと思って。

“ここは、クリームあんみつが評判のようですよ”
お決まりですか?と寄ってきた白い前掛けと三角巾を身に着けた娘さんに、もう少し待って下さいと微笑んでから、僕は難しい顔をしている三蔵に声をかけた。
“かき氷も捨てがたいな”
“そうですね。冷やしぜんざいも美味しそうです。ほら、くずもちもありますよ”
三蔵はもう一度じっくり眺めてから、クリームあんみつを指差した。
僕はかき氷を注文して、ほっと息をつきながら改めて店内を見回した。
狭い店内は余計な装飾などなくて素っ気ないくらいだ。だが不思議と居心地がよくて懐かしい心持ちになる。
僕らは熱いお茶をすすりながら、販売をしている隣の店舗やそこで扱う和菓子の話をした。
“ここの店の味は三蔵もご存知ですよね。職人さんは若いんですけど、とても美しいお菓子を作る方なんですよ。
店の奥でいつも難しい顔をしながら、黙々と和菓子を作っているんです。
ああいうのを職人気質っていうんでしょうか。
きれいな金の髪をきっちりしばっていらっしゃって、ちょっとあなたに似ているんですよ”

他愛のない話をしているうちに、黒塗りの丸盆に載った大きなガラスの器がことんと三蔵の前に置かれた。
ぎっしりと盛られた寒天、餡、牛皮、赤えんどう豆にフルーツ。そして山盛りのソフトクリーム。その上を黒々とした蜜が優美に彩っている。
三蔵は一瞬言葉を失うと、“お前も半分責任取れよ”と呟きながら、それでも嬉しそうに眺めている。
この人は本当は、こういうものに目がないのだ。
すぐに僕の前にも白玉が載った宇治が運ばれてきた。抹茶の濃い緑と白玉の白い色、そしてふわりとした氷を濡らす練乳の白がなぜか艶めかしい。
“いただきます”と唱えてから、僕らは長い銀のスプーンを握った。


真夏にいただく冷たい菓子は、何よりの贅沢だと思う。
“まるで楽園ですね”
大きな氷を半分平げたところで僕が満ち足りたため息をつくと、三蔵は笑いながら頷いて湯呑に手を伸ばした。
“この餡、かなり美味いぞ”
“でしょう?”
自分が褒められたように嬉しくなる。
“お前も食ってみろ”
そう言うと三蔵は餡と牛皮をスプーンですくって、僕の口元に差し出した。
え?と固まる僕にはお構いなしで、三蔵はごく真面目な顔で、ほら、とスプーンを揺らす。
自分で食べますと言おうと口を開いたら、素早く冷たいスプーンが入ってきて出ていった。
上品な餡の甘さと牛皮のつるりとした冷たさが口の中に広がって、思わずうっとりしてしまう。
いやいや、そんな場合じゃなくて。
こんな場所で、何てことするんだ、この人は!
店員の娘さんたちが、暖簾の影からこっちを見てクスクス笑っている。
三蔵は何事もなかったようにえんどう豆をスプーンに載せていた。

むきになって抗議するのも大人げない気がして、僕は熱くなった頬の熱を冷ますために残りのかき氷に集中した。
シャクシャクと溶けかけている塊を崩しながらちらっと三蔵を見れば、満足そうな表情でクリームを口に運んでいる。
滅多に見ることのできない子供のような表情に、つい見惚れてしまった。
この顔が見れたのだから、さっきの小さな悪戯は帳消しにしてもいいかもしれない。
あ、口元にクリームがついていますよ。
本当に子供みたいだな、と思った瞬間、赤い舌が器用に口の端のクリームを舐めとった。
とたんに僕の胸は、大きな音をたてた。
冷めかけていた熱が急に戻ってきて、冷たいものを口にしているはずなのにどんどん身体が熱くなる。
夕べあの舌がどんな睦言を囁いてどんなふうに僕の身体の上を辿ったかなどということが、いけないと思っていても次々に頭に浮かんできてしまう。
こんな所でどうかしていると思うのに、走り始めた胸の鼓動はなかなか止まらない。

“どうかしたのか?”
スプーンを握ったまま動けなくなった僕に、三蔵は怪訝そうな顔で首を傾げた。
紫の瞳でまともに見つめられて、僕の身体はますます熱くなってしまう。
“え、と…も、もう一つ氷を頼んでもいいですか?なんだか…暑くって”
“構わねぇが、腹痛くなるなよ”
いつも悟空が言われているような言葉にこくこくと頷いていると、きれいな指先が伸びてきていきなり僕の口の端を拭った。
“餡ついてるぞ。ガキみてぇだな”
三蔵は餡をつまんだ指先を口に含みながら、ニヤリと笑う。
これは絶対わざとだな、とのぼせた頭で考えながら、僕は氷を注文すべく手を上げた。
かき氷なんかで、この熱が冷ませるはずはないけれど。

楽園もやっぱり暑かった。




end



38といったら和スイーツ♪

(2011.7.20 ブログ)




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