雨の夜のすごしかた





微かな雨音を聞きながら、僕はソファでゆるゆると本を読んでいる。
一日の終わりの眠気が訪れるまでのこの時間、暖かな色の灯りを頼りに心静かにページをめくるのが、僕のささやかな楽しみだ。
「なに読んでンの?」
いつの間にか背もたれの後ろに立った悟浄が、僕の肩越しに手元の本をのぞきこんだ。
さっきまで床に座りこんで、水着姿の美女や流行のファッションの載った雑誌をパラパラとめくっていたのに。
「今いいトコロなんですから、邪魔しないでください」
「ふーん…」
僕がそっけなく返すと悟浄はあっさりと身を起こし、シャツの胸ポケットから眼鏡を取り出した。
薄いグレーのセルフレームだ。
なめらかな手つきで鼻の上にのせて、ニッと笑ってみせる。
幅の狭いシャープなラインが、悟浄によく似合っている。

その手にのるものか。
いくら僕が眼鏡が好きだからって。
いや。
眼鏡をかけた悟浄の顔が、好きだからって。
視力のよいこの人の眼鏡はもちろん伊達なんだけれど、これが悔しいくらいよく似合う。
鋭い雰囲気は残したままでいつものガラの悪さが影を潜めた姿は、まるで悪徳弁護士かインテリヤクザか。
レンズ越しの瞳をすっと細めてこっちを向くだけで、僕の胸は音をたて始める。


「どれどれ」
僕の左肩にあごを乗せ吐息がかかるほどに身を寄せて、悟浄は僕の手の中の本を覗き込んだ。
耳元で囁くやけに色気のある低い声と首筋に感じる肌の熱さに、僕の心拍数は一気に跳ね上がる。
さらさらと頬に触れる髪がくすぐったい。
「“彼は首筋に舌を這わせながら長く器用な指で僕のシャツのボタンを外してゆく。不埒な指で悪戯に胸の尖りを嬲りながら、さらに鎖骨の辺りから下に向かって舌を這わせて…”」
「そっ、そんなこと…どこにも書いてないでしょうっ!」
ただでさえ悟浄の存在を意識しすぎないように、面白くもない経済学の本を読んでいたのに。
“平常心、平常心…”
心の中で唱える僕の苦労も知らずに、悟浄はメガネごしにこちらを流し見た。
「つーかお前、何つーツマラナイ本、読んでんの?」
「僕が何を読もうと、勝手じゃないですか」
「オレはさっきみたいな、実生活に役に立つ本がいいなぁ」
悟浄は甘えるように囁くと、ゆっくりと眼鏡を外した。
見とれてしまうほどきれいな紅玉が、ひどく近くで艶っぽく笑う。


「ねぇ…」
「ヤです」
「シよ?」
「いやです。今夜中にこの本を読んでしまいたいんです」
「眼鏡…もう一回、してもいいけど?」
「そ…そんなことで、僕の心が動かされると思っているんですか?」
「そのまんま、最後まで外さねぇから」
「…僕がヘンタイだとでも?」
「違うの?」
悟浄は余裕の笑みを浮かべながら、これみよがしに眼鏡のつるをぶらぶらと揺らしている。
「違いますよ!だいたい眼鏡プレイなんて…キスするのに邪魔でしょう?」
「じゃあ、眼鏡はやめるから」

その言葉に、僕は思わず手にしていた本を放り出し、眼鏡を畳む悟浄の指先をぎゅっと捉えた。
「ダメです、悟浄!」
してやったりと笑いながら眼鏡をかけなおした悟浄は、縋るように見つめる僕にウインクしてみせる。
「じゃあ、今夜はそいつも外すなよ」
長い指が僕の眼鏡にそっと触れ、そのまま頬から首筋を撫でて僕を引き寄せる。

眼鏡と眼鏡がぶつかってぎこちなくなったキスに笑いながら、僕らは互いの温もりを抱きしめた。






end



八戒がメガネフェチだったら、という話でした。

(2009.6.15〜2011.12.26 拍手ss)




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