smoky



with 悟空



「あっ!」
いきなり開いたドアの向こうには大きく見開かれた金の瞳。
「あ…」
反射的に開いた僕の口元から、細い煙草がメンソールの匂いを残して音もなく転がり落ちた。
「吸ってたな、八戒!」
普段あまり向けられることがない非難の色を浮かべた瞳には、怒りよりも不安の色が滲んでいて。
さっきまで夕食を取りながら見せていた、この世の幸せを集めたような笑顔を自分のせいで曇らせてしまったことが、少しだけ僕の胸に爪をたてる。でも同時にくすぐったいような喜びも覚えていて、我ながら性質が悪いとも思う。
「バレちゃいましたね。さっき三蔵の煙草を買いに行ったら、試供品をもらっちゃって」
ほらこういう軽いのは、あの人たちには向きませんから。なんて言い訳がましく口にしながら足元の煙草を拾い上げて、僕は安心させるように微笑みを作った。
「ちょっと試してみただけですよ」
嘘です。本当は時々隠れて吸ってます。
だって今夜はあの二人が同室で。こんな夜には煙草ぐらい吸いたくなるというものだ。
「知ってるか?一年間に10万人が煙草の吸いすぎで死んでるんだぞ」
「…そうなんですか?」
三蔵の禁煙教育は完璧だなと感心しながら、小さな灰皿に指先の煙草を押し付けた。悟空に説くくらいなら、本人も自覚してくれたらいいのに。
「もう吸っちゃダメだぞ、八戒」
悟空の真剣な表情に、僕は笑いを堪えながら神妙な顔で頷いた。

いつもの表情に戻った悟空は、ベッドの上で気持ちよさそうにゴロゴロしている。
僕はそこらを片付けるふりをしながら、テーブルの上に置いたままの煙草の箱をさりげなくポケットに滑らせた。
「そうだ!」
突然悟空は身を起こして、目を輝かせながら僕を見上げた。
「ちょっと来て、八戒」
僕が荷物の整理の手を止めて近づくと、立ち上がってごそごそとポケットを探り始める。
悟空はまた少し背が伸びたみたいだ。少し前まで見下ろしていたくせのある茶色の髪が、僕のすぐ目の前で揺れている。
「寂しいならコレやるよ」
にこりと微笑んで取り出したのは、ロリーポップ。
昼間買出しの時にねだられて、僕が買ってあげたものだ。
悟空は器用に赤い包装を取り去ると、僕の唇にそっと押し当てた。
イチゴの香りと一緒に丸い塊が舌の上に転がりこむ。その目眩がするような甘さに僕は思わず目を閉じた。
次に、ふ、と淡い熱が頬に触れて。
驚いて目を開けると、背伸びをした金の瞳が悪戯な表情で笑っている。
「八戒、子供みてぇ」
棒つきキャンディを銜えた僕は、声も出せずに突っ立っている。
悟空が笑いながら“おやすみ”と言ってベッドに戻って目を閉じて寝息を立て始めてから、やっと僕はのろのろと頬に手をあてた。
「…まいったな」
舌の上のキャンディは僕が知るどんなものよりも甘くて、苦い。
僕はポケットから取り出した煙草を握りつぶすと、部屋の隅のゴミ箱に放り込んだ。



end



(2010.2.17)


←novel