うそつき






今日の野宿も避けられない。
そうわかった瞬間、ジープの上で全員のため息が聞こえた気がした。


もう何日、ベッドで寝ていないだろうか?
食糧は残り僅かだし、酒も煙草も切れかかっている。
悟浄と悟空が不満を口にするのも無理はない。
僕自身も二人を宥めながら、今夜くらいは暖かいベッドで眠りたかったと思っていた。

それでもこんな時いつも、一番平然としているのは三蔵だ。
「煩え!」の一言とハリセンで二人を黙らせると、最後の一箱から煙草を取り出して口に運んだ。


今日の野宿は予定外だった。
妖怪たちとの闘いがあんなに長引かなければ、夕刻には次の町へ着ける筈だった。
だが午後を過ぎた頃には既に今夜の野宿は避けられない状態で、僕達は野営するのに適した場所を探しながら、この場所に辿り着いたのだった。

山道の連続でジープも疲れていたので、僕等は日の暮れる前に野営の準備をして、夕闇の迫る頃には夜の食事を終えていた。
秋の日は短くて、後かたづけや明日の準備に時間をとられ、気づけば西の空を染めていた夕焼けもすっかり夜の闇に飲み込まれている。
たき火の灯りが届かない木立の奥は、既に真っ暗で静まり返っていた。


僕は今日初めてゆっくりと地面に腰を下ろし、大きな木にもたれかかった。
思わずため息がでる。
今はまだ少し肌寒い程度だが、野宿が出来ない程ではない。
けれどこれ以上寒い季節になったら、どうするんだろう?

疲れているせいか少し憂鬱な気分になっている自分に気がついて、薄く笑った。
先のことを考えてもしかたがない。
いつもなるようにしかならないんだから…
僕は地面にうずくまって眠っているジープの頭をそっと撫でた。

ふと、悟浄と悟空の姿が見えないことに気がついた。
早い夕飯に不満を言っていた悟空に、夜食でも探してこいとからかっていた悟浄の姿を思い出す。
こんな暗闇の中、まさか本当に探しに行ったのだろうか?

そんなことを考えていると、火を挟んで向かい側に座る三蔵の視線に気がついた。
いつもならこちらの心の中まで見通すような鋭い光を浮かべている紫の瞳は、燃える炎が映りこんで黄金色に染まりその表情が読みとれない。
僕はその見慣れない瞳に、少し見とれてしまった。

「おい」
低く、力の籠もった鋭い声で呼ばれて、僕は微笑んだ。
「何ですか?」
パキッとたき木のはぜる音がして、炎が燃えあがる。
三蔵の瞳の中の黄金色が一瞬揺らめいた。
三蔵と二人きりだと意識すると、急に体のどこかに熱を感じて、鼓動が早くなる。
僕はざわめく自分の胸を誤魔化すように、急いで話しかけた。
「明日のルート確認がまだでしたね。今、地図をもってきますから」
荷物の中から地図を探そうと立ち上がると、また三蔵が声をかけてくる。
「地図じゃねえ、八戒」
振り返れば、三蔵も立ち上がっていた。
意思を含んだ強い光を宿した瞳の意味するところは、わかりすぎるほどわかっている。

「こい」
それがいつもの合図で。
三蔵は僕の方を見もしないで、暗い木立の中へと歩きだした。

抗いたい気持ちと流されたい気持ちに、一瞬足が動かない。
そんな自分に呆れながらも、結局僕は三蔵の後に従った。
僕がこの人に逆らえるはずはないのだから…
その時になって、こんな時間に悟浄と悟空が居ない訳が分かった。
本当によく気がつく人だ。 
あの紅い髪の男は。








僕は先に立って歩く三蔵の背中を見ていた。
もう一週間近く野宿が続いている。
この人は疲れていないのだろうか?
少し不機嫌そうに向けられる顔は確かにいつもより疲れている様に見えるが、こんな根無草みたいな生活に実は僕なんかよりずっと慣れていて、この人の苦難に満ちた過去を思わせて胸が痛くなる。

もうたき火の灯りも届かない程、ジープから離れてしまった。
さっきから三蔵は振り返らない。
僕がついてきていることなど忘れてしまったかのように、一人黙々と歩いている。
「どこまで行くんです、三蔵?」
問いかけると、やっとこちらを振り向いた。
月明かりの下で見るその姿は、いつもに増して冴え冴えとしていて、近寄り難い程美しかった。
その表情は不機嫌そうに見えるけれど、内心は違うのだということを、僕は知っている。
思わず微笑みが浮かんでしまう。
僕の笑顔が気に入らないのか、三蔵は目を細めて僕を見るといきなり僕の肩を引き寄せた。
強く掴まれた肩は痺れる程で、触れる彼の手はやはり熱かった。
そしていくら素知らぬ振りをしていても、こうして触れられてしまえば、僕のこの身体の浅ましい熱も知られてしまうのだ。


こんな関係になったのは、この旅が始まってまだ日が浅い頃だった。
初めて三蔵と二人部屋になった夜、当然のように求められ、たいして戸惑うこともなく僕もその手をとった。
僧侶とはいえ男なのだし、三蔵でも欲望と無縁ではないのだと思うと安心さえした。
互いの想いを確かめることもなく始まり、睦言も約束も何もないこの関係は、今夜のように、思い出したように三蔵から求められることで続いている。

体の繋がりなんて、この人にとっては大したことではないのだろう。
それは僕にとっても同じだと思っていた。
それでも。
こんなに胸が痛いのは何故だろう?

存外に、この人は嘘吐きで。
何も語らない口元はいつも冷たく結ばれ、愛の言葉はおろか優しい言葉の一つも紡いだことはないけれど。
鋭い眼差しは凍てつく冬の月光のように全てを睨み付けていて、暖かい光を浮かべることはないけれど。
まるで体温を感じさせないような冷たい空気を身に纏い、自分にも人にも残酷な現実を受け入れろと迫るけれど。

こうやって僕に伸ばされるその手はいつも熱くて、激しくて。時に優しさが潜んでいて。
僕はわからなくなる。
いや、わからない振りをしたくなる。
 
そこに想いがなくても、手を伸ばされるだけで十分だったのに。
触れた体の熱で、漏れる吐息で、熱情に満ちた瞳で、言葉にしなくても伝わってしまう。
あなたの想いが。
僕の想いが。

認めてしまったら、この気持ちが走り出してしまう。もっと貪欲に求め、手に入れば手放せなくなる。
もし失えば、僕は戻れない。
日の当たるこの世界には、もう二度と戻れないだろう。
だからどんなに胸が痛んでも、僕は気づかない振りをして笑う。
三蔵は…何も語らない。








草の上に押し倒されて縋るようにその腰に手を回せば、あまりの細さに不安になる程で。
近づいてくる伏目がちの白皙はいつもの冷たさよりも柔らかさが強調されていて、その美しさは胸をうつ程だ。
こんなきれいな人を男も女も放っておくはずがないのに、今その腕が僕に向かって伸ばされているなんて、何度求められても信じられない。
それでも僕の体に触れる手や、僕の吐息を塞ぐ唇が欲望に熱く燃えているようで、この人に求められてるのだと感じると、どうしようもなく悦びを感じてしまう。

いつも以上に敏感に反応する僕を見て、三蔵は口元を引き上げた。
「どうかしたのか?」
気づかうような声をかけながら、その手は容赦なく僕自身を追い上げる。
三蔵の口に含まれて僕はあっけなく精を放った。

解放の余韻も感じる間もなく、すぐに後ろを求められ、僕は息があがってしまう。
「あぁ・・は・・んっ」
三蔵を受け入れて、声を上げてはいけないと思うのに、欲に染まった声を抑えられない。
口元を抑えた手は無理やり外され、僕の身につけていた肩布で一纏めに頭上で縛られた。
初めてのことに僕は全身が羞恥に熱く燃え、身を捩りやめてくれと懇願したが、聞き入れてもらえない。
長い責め苦と快感の渦の中僕は再び達し、少し遅れて三蔵も、僕の中にその熱を吐き出した。

 

事が終われば体を寄せ合う理由もないはずなのに、三蔵はその腕から僕を離さなかった。
ぐったりと力の入らない体を三蔵に預けて、僕は小さく息をついた。

この時だけは、満たされることを許されたと錯覚してしまう。
肩に回された腕や髪を漉く指の動きに、普段は見せることのない三蔵の気持ちを感じてしまい、喜びと不安に心が震えた。
「案外嘘が下手だな」
耳元で低く囁かれ、瞼を閉じると、左目から一筋涙がこぼれた。








重い体を引きずるようにしてたき火の傍に戻れば、悟浄と悟空は既に眠っていた。
三蔵はまだ戻っていない。
蹴り飛ばされた毛布を悟空にかけ直していると、眠っていると思っていた悟浄と目があった。

「ご苦労さん」
いったい何に対しての労いなのか。僕は苦笑してその顔を見つめた。
「悟浄こそ。何か見つかりましたか?」
悟浄の瞳もたき火の炎を映して、いつもより深い紅だ。
その瞳はいつも僕を落ち着かせてくれる。

「あぁ、柿が山程なってたぜ。渋柿だけどな」
僕は荷物の中から自分の毛布を出して、地面に横たわった。
「それじゃあ、明日から干し柿でも作りますか?」
「気の長い話しだな。サルが飢え死にするぜ」
僕は笑って答えた。
「この旅はまだまだ続きそうですから、大丈夫ですよ」


そう、まだ旅は始まったばかりだから。
もう少し、あなたの気持ちに気づかないふりをさせていて。

僕は目を閉じて、一人月の光を浴びて林の中に佇む三蔵のことを想った。
眠りに落ちる直前、闇に紛れるように低い声を聞いた気がした。




「おやすみ」






end



互いにわかっているのに口には出さない。
臆病な八戒を、こうやって少しずつ追い詰めてるのですよ、三蔵は。
38では、実はこれが一番理想の二人かもしれません。
不安定な感じで。

秋の話が多いのは、多分私が好きな季節だからでしょう。
気づけば肌寒い季節の話が多いです。

(2008.06.16)




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